夢を見る


貴女の夢を

眠りを失ったこの身体に

本来ありえないはずの夢が訪れる

それは何を意味するのか

心の深層に刻まれた自らの悲鳴を

訴えかけるこの痛みを

どう捉えればいいだろう


このまどろみの刻の中で

 

 

 

「夢の深層」

 

 

日中とは全く別の顔を見せる夜の風景。
賑わう声・人の息遣い・歩く足音、全て掻き消えて、今はこの場にただ一人。

 

耳に届くのは唸り声を上げて舞い上がる気流の音。
悲しい音で過ぎ去ってゆく大気の流動にただ眼を閉じて感覚をその流れに乗せる。
吹き上げる風の流れに髪を乱されながら風の行く先をゆっくり開いた眼で追い、明け始めた夜に吸い込まれてしまったその足跡の先に浮かぶ淡い月の光にしばらくまどろむ。

先ほどまでの嵐のような白い世界は幻のように息を潜めて、ただ静かに冴える夜と目覚める光があるだけ。
マイナスを刻む大気の温度に白い息さえ吐かず、深く足跡だけを残して白い地面を蹴りつけた。

 

 

 

 

 

数時間前までは傍らには小柄な少年をどうやって安全な場所まで連れて行くかを考えていた。
人は外気の温度に体温を奪われてしまえば簡単に命を落とす。
容赦なく身体に打ち付けてくる吹雪に対して気休め程度にしかならないと思いながらもリクに自分の上着を着せて風上に立ち、これからどうすべきかを考える。

 

動いているほうがこの少年にとっていいのだろうか、それとも・・・。
それを決めなければ次の行動には移れない。
命令は『リクを護ること』であるだけにすぐさま彼女を捜しに行くことは出来なかった。

 

――――小夜、貴女は何処に・・・

 

同じく列車から飛び降りた主に思いを馳せる。
まだ戦いに慣れておらず、ようやく意識がついていけるようになったばかりの自分の主。

 

あのスピードで走る列車から飛び降りて彼女は受身を取れただろうか。
すぐに治癒が始まるとはいえ身に受ける痛みは変わらない。
慣れていない残酷な白い世界の中で記憶を失ったままの小夜は対処できるはずがない。
傍に誰もいない状況で心細くなっていてもおかしくはない。
気の弱りは命に関わる。

不安に駆られた心はハジの精神をぐらつかせ、思考も冷静さを失ってゆく。

 

「ハジ、行って」

吹雪の叫び声の中ではっきりと耳に届く少年の声。
我に返って見下ろせばまっすぐな眼が自分を捉えていた。

 

常に無表情を通してきたハジの雰囲気はこの少年には全く効果を見せない。
大抵は理解できずに諦めてゆくものなのに、ちょっとした気持ちの変化にリクはすばやく気づいてしまう。
ハジもハジで今となってはそれがこの少年の利点であり愛される要因であろうと思うまでになっており、自然とそのことを受け入れていた。

 

吹きつける白い雪に眼を細めつつじっと見つめ返してくるリクに小さく頭を振り否定を示す。
小夜の言葉はハジにとっては絶対的な支配力を持つからだ。

そんなハジにリクは不満そうに眉根を寄せて抗議の目線を送ってみる。
だがそれも無表情に徹している彼には長くは持たず、小さくため息をついて今度は言葉を変えて言う。

 

「だったら、一緒に小夜姉ちゃん捜しに行こう?」

小さく腕を引かれてハジは驚いた。
小夜を捜しにいきたいという心を本当に見透かしているようにリクは望む言葉をくれる。
このまま言葉通り共に捜しに行けたなら、今の状況よりどれほど心休まるだろう。

 

だがそれはリクを危険に晒すことになる。
腕を引く手の冷たさがそれを物語っていた。
このまま吹雪にさらされ続けても奪われる少年の体温をどうすれば維持できるだろう。

 

ハジから見れば儚い命。
それでもその存在は暖かく愛しさを覚え、ときに残酷な暗さを秘めて代わる代わる自分に関わってくる。
小夜を今のように育み、支える存在たち。そしてまた彼女が愛した存在たち。

 

失えない、護らなければ。もう貴女が悲しむことのないように・・・。

 

眼を伏せて心を定めたそのとき、暗く視界を奪うその中にふと人影を捕らえる。
反射的に身構え見据える動作にリクもまた硬直する。
また翼手が現れたならこの場でどうすればいいのだろうかと恐怖に駆られて、捕らえたままの腕に縋りついた。
それを感じ取って庇うようにハジはその存在を引き寄せたが、すぐに力を緩めてリクにその人影を見るように指で指し示す。

「あっ!!リーザさん!!」

 

示す先にはしなやかな動作で近づいてくる女性の姿。
『赤い盾』のエージェントであるエリザベータが白色に侵食される闇夜の中を、それでも迷わず一直線にこちらへと駆けてくるのを見てリクは思わず手を振って名前を叫ぶ。

「リク君、大丈夫?」

息ひとつ切らさずにリクの肩に両手を置いて目線を合わせると心配そうに彼女は尋ねた。

「はい、ハジがずっと護ってくれてたから。それよりもリーザさんはどうして・・・?」
「貴方たちが列車から飛び降りた後、私も飛び降りたのよ。私がいれば連絡はつくし多少力になれると思うわ。・・・ところで、小夜は・・・?」

 

リーザの言葉にリクは眉根を寄せて悲しげに心配そうに、まだ見つかっていないと小さく零した。
そんな少年の表情に彼女は慌てて謝りなだめにかかるが、リクは気丈にも笑ってみせて今度はハジに視線を当てる。

「ハジ、僕はリーザさんといるから大丈夫。だから、行って?」

 

あの時言った言葉を再び告げ、見上げる強い力を秘めたその眼にハジは静かに頷き返した。
もうリクの要求を拒絶する理由がない。
本当ならば最後まで傍にいるべきなのだろうけれど、自分の望みと少年の要求が一致していることを口実にハジは二人に背を向け、まだ暴走する闇と白銀の世界へと姿を消した。

 

 

 

 

 

最初は行き先を眩ます猛吹雪。

押し寄せる風圧に足は前に進むことをためらい駆け出すことも出来ず、全身で自分自身を押し出して歩かなければならなかった。
共に列車から飛び降りたのだ、それほど遠く離れているはずはないと思う。
眼に見えない磁力に引き付けられるように不思議と目指す方向には迷うことがなかった。

一歩、二歩、歩みを進めるごとにまるで掛かった幕が上がるように吹雪は緩やかなものへと変化する。

 

――――この先に小夜はいる

 

ただ導かれるようにハジは歩き続ける。
不意に意識が揺らいで、昔にも同じように吹雪の中、彼女を捜しに歩き回ったことを思い出した。
浮遊する感覚を感じながら、次第にはっきりと描かれるそれにハジは無意識に自身をゆだねた。

 

 

 

先を急ぐことばかりに気を取られて、自らを省みることなく慣れない世界へ駆け出してしまったサヤが、眠りに引き込まれて雪原に倒れていて。
自分は今のようにただ彼女を捜しに。

見つけた彼女は白い雪に抱かれて、その外見に不釣合いな鈍色の刀をしっかりと握り締めたままだった。


離すまいと抱き込む白雪からサヤを引き離し、自分の腕に引き戻す。
戻ってきたその重みに安堵して、思わず抱きしめた彼女の身体から与えられる微かな拍動と熱に愛しさが込み上げる。

 

過酷な道を選んだ少女。

彼女は長い眠りを必要とするその身体に鞭を打ち、戦いに挑み続けてきた。
終焉の先に約束された未来を求めて。
そしてその約束を果たすのは自分の役目なのだと、彼女が眠りに落ちるたび、彼女が未来に近づくたびに思い知らされる。

 

自分の心とは裏腹に望まれる未来。

ハジはただ見守り、待ち続けるしか出来なかった。

 

 

 

不意に止んだ吹雪とまだ留まる風の唸り声に我に返り、軽く歩く速度を上げる。
先ほどまでの不安定な感覚はすでになく、地を踏む感覚がしっかりと伝わる。

 

――――あれは、いったい・・・

 

しっくりとこない現象に疑問を抱きつつも、特に重要なことではないと思われて改めて辺りを見回す。

明けた視界に映るのは朝焼けに輝く一面の銀世界。

ハジは鮮やかに煌めくその中に見慣れた姿を見出した。
見間違うはずもない小夜の姿。

 

あの日見つけたときと同じように静かに雪に抱かれて眠る彼女の傍らに膝をつき、そっとその華奢な身体を抱き起こす。
やはり握られたままの刀をその指から引き抜き、無駄のない動作でチェロケースの中へと収める。
変わらないあどけなさの残る表情で眠りについている小夜を見つめ、その頬に残る溶けた雫を拭い去る。
手に巻いた包帯に吸い込まれてしまった雫に導かれるように、微かに小夜の睫毛が震え、緩やかにその眼は開かれた。

 

「気がつきましたか?」

抑揚なくかけられる声に、小夜は眠りからまだ覚醒しきっていないのか、頷くこともせずただぼうっと景色を眺めながら上体を起こす。
ハジはその動作を不思議に思い問いかける。

「どうしました?」

問われた小夜はまだ虚ろな眼をしていたが、やがておもむろにハジを見やり口を開く。

 

「ハジも笑うんだね」

残る眠りの余韻を吹き飛ばす明るい笑顔を向けられて、思わず口から疑問の音が漏れる。

屈託ないその表情を伴って与えられた突拍子な言葉。
小夜は彼の疑問の音を聞き取ったのか、ゆっくりと記憶をたどるように言葉を継ぐ。

「夢を見たの。貴方の笑う夢」

 

そう言って見つめる先に存在する少女からひとつひとつ確かめるように話される物語。
彼女が夢だと信じて疑わずに話すその内容にハジは密かに驚いていた。

 

――――あれも、夢と言えるのだろうか・・・

 

彼女が見たのは現実に起こっていた事実で、それは記憶の断片にすぎない。
精神を傷つけない程度のそれを無意識下の自己が夢の形で引き起こし、小夜に見せていたのだと推測できる。
実際『夢ではない』と言えば驚き、約束の内容を思い出していない小夜は『どんな約束を?』と訊き返してくる。
その内容が残酷であるために、夢はあえてそれを引き抜いたのだろう。

 

だが自分に置き換えるとその説明は上手くいかなかった。
夢とは眠りがあって初めて起こるもの。
眠ることのない自分には全く触れることのないものだと思っていた。


語りかける本来ありえないはずの夢。

無意識の底、自分に訴えかけるその意味は・・・?

 

深く思考に囚われていると突然頬に冷たい感覚を得る。

添えられているのが小夜の手であることを理解すると同時に、その動作の流れに引き寄せられて逸らしていたはずの視線が絡まる。
冷え切ったその手に触れていいのかわからなくて、ただ小夜を見つめ返した。
彼女の思考はその瞳からは読み取れず、何を思って自分に触れるのだろうかと思う。

しばらく訪れる沈黙は何故か心地よく、不思議な雰囲気を纏って小夜とハジを取り巻いていた。


誰もいない静けさ、それは刻の停止にも思えて。

 

 

 

「小夜姉ちゃ―――ん!!」

不意に現れた遠くからの声に再び刻み始める時。
触れられていた彼女の手が慌てたように去ってゆくのをハジは少し名残惜しく思いながらも現れた二つの人影に眼を向ける。
遠く手を降る少年とその一歩後ろを歩く女性。


明るく交わされる気遣いの呼びかけを終えた後、小さくハジを促す言葉を残して、小夜は日の光に輝く雪の上を踊るような足取りで駆けてゆく。
そんな彼女を見つめながら、ハジは静かに足を踏み出した。

 

 

 

 

 

無意識の深層、深く刻まれた自身の想いは語りかける

 

 

 

夢を見せよう
忘れぬように、違えぬように


そして


何を望んでいるのかを

 

はっきりと掴むまで

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/02/25 (Sat)

 

今回は何故か書きづらかったです。それはもうえらい困った。
書きたかったものは、ハジが無意識に願うものを彼自身も把握仕切れていないという点。
『自分』が自身の一番の理解者であり、一番理解から遠い者である、と。ややこしさ万歳★!!
『夢』とは自分の無意識が、自身に起こった気付かない出来事を警告として伝える手段らしい。だから好きな人とイチャこいてたとかいう夢を見ると、それはそうしたいという無意識の願望が 作り上げた夢で、無意識な自分は『ホントはこんなこと望んでるんだよ!!何とかしてみれば?』って言ってくれてるんですね。また、殺される夢だとかは『今までの自分を捨てて(もしくは 斬り捨てて)、新しい自分になりたいって意気込んでるから、その勢いでやりたいことやってみな?』って感じかしら?
おぉっと、あとがきの主旨から大幅に脱線しとるがな・・・orz
で、よ。(注:私の思う約束の内容は『殺して』なんで、それ主体に考えてます)ハジは自分がホントはそんなのやりたくないんだって自覚してないんだ、きっと。
『従者だから』・『小夜がそう望むから』そう言って全部それを理由にやらなきゃなんないって思ってる。いや、むしろそれが当然、然るべきと思ってる。
それって悲しすぎるよ・・・。
あぁ〜、ぐだぐだと気持ちの滅入るあとがきだなぁ、おい。ここらで切り上げます。思考崩壊しそうなんで。そういや暁に『ギャグで明るく小説書け』とか言われたわ・・・。いいんですよ、 書きたいから書いてる、それだけで。
私がハジに、読んでくださった皆様に、そして自分自身に伝えたかったことはただ一つ。
『あなたが心から望むことは何?』という問いかけ。
新月鏡