「夢は眠りについて」
眼をゆっくりと閉じ、力なく揺らぐ少女をソロモンは優しく抱きとめた。 自分にすべてを預けて眠りにつく少女を見て、自然と頬が緩む。少女の安らかな寝顔をそのまま見ていたい気はしたが、彼女に追っ手がある以上、一刻も早くこの場から去らなければならなかった。 特に注意すべき敵はすでに戦意を失い、意識は別のところにあるため、そちらは気にすることはなかったが、それとは別に厄介な敵がまだ存在していた。 『赤い盾』と呼ばれる組織で、昔から自分たちを排除しようとしてくる。 人は自分とは異なる存在を排除しにかかる傾向にあることは知っていたが、その対象が自分の護り人である以上、他人事では済まない。 「カール、行きますよ」 ソロモンは立ち尽くす人物に声を掛け、踵を返す。 カールは護り人であるディーヴァによく似た少女を凝視し、なかなかその場を動こうとはしない。 「小夜」と呼ばれるその少女に対してカールは長年の間、その身の内に憎しみの感情を抱き続けてきたため、みすみす見逃すことは彼には酷なことだろう。 だが、彼もまた少女の護り手である以上、事の深刻さはわかっている。 呼びかける声に後ろ髪引かれる思いでカールは青年の後に続く。 少女が現れたコンテナに近づいた時、不意に銃声が響いた。 腕に抱きかかえる華奢な身体を庇うように、ソロモンは背後に迫る弾丸をかわす。 目の前にあったコンテナに弾丸がはじき返され、白い霧の中へ呑み込まれていった。 カールは銃声に向かって走り、何かを切り裂き吹き飛ばす。 おそらく赤い盾のメンバーであるだろうと頭の隅で思いつつ、ソロモンは少女をコンテナの中に戻し、固くその扉を閉ざした。 「早く出して下さい」 短く言ってステップに足を掛けると振り返り声を上げる。 「カール!!」 「先に行け。ディーヴァが無事ここから離れるまで、ここにいる」 いつもとは逆に静かに言われて、ソロモンは思わず笑みをこぼす。 「わかりました。あまり、無理しないで下さいね」 あの時同様、答える声はない。 無言が返ってくることはわかっていたため、ソロモンはそのままヘリに乗り込む。 次第に回転を早めるプロペラに、辺りの霧は巻き込まれ弧を描いて渦を作り、やがてその一帯に鮮やかな色が戻る。 ヘリは地を離れ、遅れてコンテナも浮上する。 それを追うように何発かの銃声が響くが、銃弾が現れる気配はない。 急速に遠ざかる戦場を見つめながら、激しい機械音の中、ソロモンは微かに少女の泣き叫ぶ声を聞いた気がした。
陽が落ち、彼らの世界が目覚める。 『ソロモン』 ベッドに横たわり眠り続ける少女の隣にいた青年は、名を呼ばれて我に返る。 いつの間にか辺りの闇に意識を奪われていたらしい。 「どうしたんですか?」 『サヤは何故気付かないのかしら・・・?』 優しく声を返すが、辺りに彼の声以外響かない。 代わりに頭の中に眠っているはずの少女の声が聴こえる。 しかしソロモンはその現象をごく当たり前のように受け入れ、少女の言わんとしていることに耳を傾ける。 「彼女の従者のことですか?」 『・・・サヤはあれほどまでに想われているのに・・・』 幾度となく彼女は繰り返す。 『かわいそうな黒のシュヴァリエ』と。 彼女が哀れむその対象は小夜の従者である存在。 彼が黒のシュヴァリエと呼ばれる所以は、彼自身にあった。 彼の不安定な力と主に選んだ相手、そのことから周囲は彼を異端の目で見るようになり、畏怖の念を込めてそう言う。 『私がもっとあの子と接していればよかったのかしら?』 悲しげな少女の声に、ソロモンは困ったような表情で囁くように話す。 「彼女がそれだけで変わるような人とは思えませんよ。彼女は常に孤独だったのですから。たとえ貴女が傍にいても。・・・だから、同じような存在である彼に惹かれたんでしょう」 『そうね、彼がサヤのシュヴァリエになったあの日から、サヤは目に見えて執着していたもの。私が妬けてしまうほど・・・』 くすくすと笑うように軽やかな少女の声は、ソロモンを穏やかな気分にさせる。 「共依存、とはまさに彼女たちのための言葉でしょうね」 微笑み返して言葉をつむぐ。 優しく穏やかな時間。 昔、彼らの故郷ではいつもこのような雰囲気が彼らを包んでいた。 今となっては存在しない懐かしい時。 「ディーヴァ、今日は特別疲れたのでしょう?さぁ、もう眠ってください」 『眠り・・・そう、彼は自ら眠りを選んだ・・・私の力から逃れるため』 「ディーヴァ・・・」 音なき声はかみ締めるように言う。 その声にソロモンは少女に眠りを強制できなくなってしまった。 彼にしては珍しく掛ける言葉も見当たらず、ただ眠る少女の顔を見つめる。 『ごめんなさい、ソロモン。ただ、彼は何故そこまでするのかがわからなくて・・・。報われない服従を何故続けるのかしら』 「・・・そうですね。私もそんな状況になったことがないのでわかりませんが、もし私が彼なら同じことをするかもしれませんね」 『貴方たちにしかわからない感覚、ということ?』 さらに問い詰められてさすがに困り果てたらしく、苦笑してしまう。 少女もそれを感じ取ったのか、それ以上は追及せず、静かに言葉を置いてソロモンの中から淡く消えた。 置き去りにされた言葉を音にして返し、彼は少女の問いを反芻しつつ部屋を出る。 これから帰ってくるであろう人物を迎え入れるために。 慎重に閉じられた扉を見つめ、それを振り切るように彼は歩き始めた。
少女は夢の中、高らかに歌い続ける ――――この声が届くだろうか
同じ刻に生を受け、対極の力を持つ私の対 私が闇から生み出し、貴女が闇に返す この輪廻、いつか断ち切ってみせるわ・・・
* * * * 2006/01/22 (Sun) 「Diva」補助小説・ソロモン&ディーヴァ編 結論。予想以上に出張るキャラ・ソロモン(笑)。 今回やたら会話が多いんですよ。ん?コレが普通?・・・おかしいのは私か?まぁそれは置いといて、書きたいこととかたくさんあるんですよ。私の中の設定内容とか。それが伝わらずしてどこが補助なんじゃ!!って気分です。 理解してもらってるんだろうか、この拙い文章で(泣)。 たとえば、ハジと小夜は孤独だったから引き合ったとか、「Diva」でハジがとった行動は眠ることだったとか、ディーヴァと小夜は双子でした、とか。 3つ目はラストのディーヴァの夢の内容で気付いてほしいな、って感じです。 こんなわけのわからん話を書き続けて、誰がどれほど理解してくれるだろう・・・。 とりあえず、めげずに最後まで頑張ります。あとどれくらいあるんだろう。ハジは目覚めた方がいいんだろうか? まぁ、そんなこんなでよろしければ、次の話も読んでやって下さいまし。 新月鏡
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