偽りの赦しと誓約

 

 

 

君が叫んでいるように見えたのは、僕の錯覚?

 

凪いだ風が心ざわつかせて仕方ない。
ただ、骸の微笑が、やけに消え入りそうに見えて落ち着かないのが嫌だった。

 

 

 

 

 

初めて出会った瞬間、こいつは自分と同じものなのだと思った。
そして同時に、自分とは全く違う世界を見て、完全に諦めてしまっているのだと感じた。
期待?希望?ちっぽけな望みなど、骸の前では風前の灯。
強い意志を持ちながら、それでも絶望し続けて、壊しつくすことが救いだとでも言うように、ただ駆り立てられている。


――――綱吉に救われた今でも、骸の心は地獄の闇に囚われたまま…

こうして隣にいるのは自分なのに、実際に彼をこの場に留めているのはマフィアのボス候補である沢田綱吉なのだと思うと、苦々しい気分になった。

 

完全に取り込まれたわけではなさそうだが、骸が綱吉をある種の救いとしていることは手に取るように分かる。
他の誰でもない、彼と話しているときの骸は、心底穏やかな表情を湛えているのだから。
『ボンゴレの血』だか何だか知らないけれど、それがいろいろと骸に干渉できるものらしく、争奪戦では骸の記憶、いわゆる過去の現象を知ることができたと聴いている。
それゆえだろうか、綱吉は、知った風に親しげな雰囲気を作っては、何かと骸を気にし構いたがった。
そして骸も、満更ではなさそうに受けて答えるのだから、無駄に腹立たしい。


――――骸を完全に打ち破ったのは、綱吉だから…か


自分はというと、報いることは出来たが、一度敗北しているので仕方ない。
とは言うものの、何ともいえない悲しみにも似た悔しさが、胸のうちを荒立てる。
けれど、骸の本当の闇を感じ取れるのは、なんとなく自分だけだという確信めいた気持ちもあって、酷く気分の悪い感覚が渦を巻いて翻弄してくる。

聞き出して、癒すのは綱吉の仕事。
でも、それでも消えない闇から引き上げるのはきっと僕。

そう思えば少しずつ気が晴れて、気分の悪さが遠のいてゆく。

 

 

 

「どうしたんですか、雲雀君…元気ないですよ?」
「…別に、君には関係ないでしょ?」
「クフフ、寂しいことを言いますね…君と僕の仲だというのに」
「気持ち悪いこと言わないでくれる?咬み殺すよ」
「返り討ちにしてさしあげます」

ちゃかしたように、くすくすと隣で小さく笑う。
そっと横目で見てみるけれど、やっぱりその笑顔は作り物に見えて痛々しい。

「…骸、無理して笑わないで」
「雲雀君?」
「僕は綱吉じゃないから、絶対救い出す、なんて馬鹿な事は言わない…でも、押し殺さずに言いなよ」
「…クフフ…今日はずいぶんとおしゃべりなんですね」

珍しく真摯な気持ちで言ってやった僕の言葉を、生意気なことに、骸は素直に受け止めない。
不思議そうに、何かありましたっけ?とか馬鹿なことを言い出す始末に、僕は小さく苛立った。

 

「ちゃかさないで聴きなよ」
「ひ、雲雀君?」
「僕は本気で言ってるの」

先ほどより語気を強めて言ったせいだろうか、驚いたように目を見開いて骸は硬直した。
視線を凄ませて睨めば、地雷を踏んだと気づいたのだろう、今度はちゃかすような気配はなかった。

「本気、ですか…」
「嘘は言わない」

感情の読めない声が震える。
どんな顔をしているだろうと見やっても、俯きがちに前髪が覆いかぶさっていて、表情を翳らせていた。
まるで拒絶するかのように、視線がかみ合わない。
苛立つ僕は、それでもなす術なく、黙って見守ってるしかないのだけれど。

 

 

 

そんな暗い沈黙の中、不意に隣の気配が揺らいだ。
視界に影がよぎったかと思えば、身構える前に頬をそっと両手で優しく包み込まれる。
じんわりと広がる暖かさにつられて視線を上げれば、先ほどのすまし顔は崩れ落ちて。


――――…泣いて、るんだろうか…


視線が絡む先に、飾り付けられた『六道骸』はいなかった。
まるで、泣き方を忘れた子供が、懸命に溢れる涙を押し留めてるように思える。
包み込む手のひらに頬を押し付けて、きっとこんな表情誰も見てないんだろうな、と漠然とした優越感に浸る。

 

「君ごときに、僕の何が理解できると?」
「理解してやるなんて一言も言ってないよ、馬鹿じゃないの」
「だったら、何の理由が?」
「君は押さえ込んで自滅する…だから、聴くだけは聴いてあげる」

我ながら、なんて捻くれた譲歩だろう、と思いながら言葉をつむぐ。
近すぎる距離に、吐息混じりに囁いて、持ち上げた手で同じように冷たくなった骸の頬を包み込んで。
こつん、と額と額を押し当てれば、骸は何かに耐えるようにきつく瞼を閉じた。
抑えなくてもいい、と言ったのに、そういう境遇におかれていなかった骸は、それすら容易くできなくなってしまっている。

幼い心を宿したまま、世界をも陥れるために急激な成長を求められた骸。
矛盾した不安定な身体のまま血塗れた世界を生きなければならなかったのだから、当たり前のことだろう。
馬鹿なことだと思いながらも、抗うことが生きる術なのだとわかってる。
だから、僕は骸に惹かれてここにいる。

 

 

 

「だったら……て、ください…」
「何?」

か細い声が、形のよい薄い唇から零れ落ちる。
震える指先が、徐々に体温を失っていくのがリアルに感じられて、思わず眼を見張った。
慌てて落ちた視線を上げれば、同じく切羽詰った異色の双眸が涙に揺れる。
その光景に息を呑んでいた僕に、骸は堰を切ったように声を発した。

「雲雀、く…ここ、から…助け……」
「っ…!」

「いや…違う、違います…君が僕を救うなんてありえない、ありえるはずがない…君では…無理だ」
「骸…」
「離してください…君は僕にとって何の利益にも」
「うるさいよ!」

僕の手を振り切ろうとした骸の手を、とっさに逆に掴み取って攫う。
下方へ引いて、重心を見失って崩れ落ちてくる身体を力任せに引き寄せて、髪が絡むのもお構いなしに骸の後頭部を抱き込んだ。
なだれ込む体重が心地いいなんて、どうかしてる。

 

 

 

「救えない、なんて最初からわかってるよ」

 

知ってるさ
救いたいと思っても叶わないということくらい
他の誰でもない、自分が一番その無力さを知ってる
最初からその舞台に立つ資格がないことくらい
痛いほど分かってる

だから僕は…


「雲雀君…?」

 

 

「救いたいんじゃない…だから、どこまでも一緒に堕ちてあげる」


――――願うことなら、この声が、骸に甘く優しく届きますように…


小さな願いを込めて胸に抱いたままの骸の髪にそっと口付ける。
普段ならねだられてもしないことを、まるで当たり前かのように出来てしまう自分に驚いた。
しかし、不思議と心は穏やかで、例えるなら聖母マリアの祝福にすら思えて仕方ない。
そんな僕の心境をよそに、骸は僕が囁いた瞬間、身体を引き離そうとしていた動きをぴたりと止めて呼吸まで奪われたように沈黙した。
ただ、静寂の中では痛いくらいの心音が身体を伝って響き渡って。

 

「クフフ…君は、愚かだ…」

 

酷く頼りない声色でそうつぶやいた。
骸は、誰かに心から優しくされることになれてないものね。

 

「雲雀君」

「…何?」

「…雲雀君…雲雀、君…」

「骸…」

 

吐息混じりに甘くその名を囁きかければ、耐え切れないように何度も何度も僕の名前だけを呼び続けていた骸が、決壊した想いを押し留めるように僕をきつく抱きしめた。
肩に頬を押し付けて、爪が白くなってるんじゃないかってくらいの強さで掻き抱かれる。
なだめるように抱きしめ返しても、力を緩める気配はなくて。

 

ずっと、聴こえてた…悲しい声で叫んでること

知ってた…ずっと押さえ込んでたこと

綱吉の元で変わってゆく自分を見て、振り切れない闇に苦しんでたこと

 

「骸…もう、いいよ」
「っ…」

 

ささやかな赦しの音
だけど、それは骸からすればどれほど甘い響きだっただろう
本当の救いではないとわかっていながら
それでも、この偽りの赦しに心慰められればいい

 

 

 

そんなことを思いながら、そっと自分の肩に埋もれた青味のかかった髪を撫でて、頬を摺り寄せる。
反応はなかったが、きつく抱きしめられた力は緩む気配は皆無で、僕は小さな痛みに酔いながら、与えられる体温の心地よさを味わっていた。
今の骸が何を想ってこうしているのかは知らない。

 

 

ただ、肩に染み込む冷たさだけが、静かに彼の心を物語っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/10/27 (Sat)  from diary

骸雲で、なじりつつも気弱な骸さんを…!!!!
書きたくて書きました、自己満足です楽しー!!
雲雀さんなら、『助けるなんて無理』ってきっぱり言って、一緒に堕ちてくれそうです。
ツナは、『何が何でも助けるから!』って全部受けて、ホントに救い上げちゃうんでしょうね。
そこが骸ツナと骸雲の違い。


新月鏡