兆し

 

 

 

校舎の中、真っ暗になった空を見上げる。
テストが近いために、常に赤点記録を更新し続けている綱吉は、真っ先に居残り組みへのご指名を受けて今の今までテスト対策に励んでいた。
一緒に居残りの指名を受けていた山本は、1時間も前に終わらせてしまったので、先に帰ってもらったので、帰り道は寂しいものだった。
待ってるよ、と言われたものの、やはり気が引けて『先に帰ってて』と押し返したのだが、やはり待っててもらうべきだったか、と小さく後悔する。
夏も過ぎ、徐々に日の短くなれば、あっという間に辺りは夜の闇に支配されてしまう。
慣れた校舎とはいえ、怪談やらなにやらと何処にでもある噂話が学校にはつき物だ。
それを思うと些細な物音でも、この世の終わりの音に聴こえてならない。

「うぅ〜・・・不気味だぁ」
「あ、やっと出てきましたね」
「ひゃぁっ!」

ぽん、と背後から何かに肩を叩かれて、声も身体も跳ね上がる。
振り返りざまに腕を振り上げ払い落とせば、鈍器にでも殴られたかのような音と、くぐもった声が悲鳴を上げた。
はっとすれば、暗がりの廊下でうずくまる人影には、見覚えの在る独特のシルエットが映る。

「・・・愛が痛いです」
「む、骸・・・ご、ごめんっ!」

さめざめと泣く素振りまで見せてくれる相手は、やはり六道骸、その人だった。
現状が把握できない綱吉は、とりあえず骸の負傷したであろう箇所を軽く撫でてやる。
緩やかにそれを繰り返してると、骸はぶちぶちと文句を言いつつも、機嫌を直して立ち上がり、いつものように微笑みかけた。

「こってり絞られてたんですね」
「・・・見てたのかよ」
「えぇ、もちろん」

誇らしげに胸を張る骸を前に、綱吉は心底がっくりと肩を落とした。

 

いつからか、気付いたこと。
綱吉が一人で帰るとき、必ず骸は現れるのだ。
獄寺や山本たちがいるときは、決して姿を現さないのだが、それは過去にあった戦いへの配慮だろうか。
何故?と訊ねても『僕が好きなのは君ですから』、と本気かどうかもわからない返答を寄越して返すし、一向にやめる気配もない。
ただ、悪い奴ではない、ということだけが漠然と綱吉の中にあって、それがこうして骸の奇行を甘受するに至っている。
日常に潜むささやかな非日常、それが六道骸だった。

 

「ん?・・・待って、いつから見てたの?」
「いつから・・・ですか?そうですね〜、話せば長くなりますが・・・」
「いや、やっぱりいい!」

何だか嫌な予感がして、訊ねたにも拘らず一方的に切り落とす。
そんな綱吉の動揺を感じ取ったのか、骸は独特の笑い声を小さく零すと、自分より低い位置にある綱吉の頭を優しく撫でた。

「骸・・・?」
「君の望む答をあげましょう・・・君が補修を受けてるときから、ずっと見ていましたよ」
「っ!」

普段の奇天烈さや、威圧感など全てなくして、ただただ慈しむような眼差しに、綱吉は声すら奪われて硬直した。
闇夜が濃くなっている廊下で、それでも優しく微笑む骸の美貌を月明かりが照らし出せば、幻想的なまでに柔らかな印象を与えてくれる。
顔だけは良いのになぁ、などと毎回思ってはいたが、こうも条件が揃うと絶大な効果を発揮して視線を奪うものだとは思わなかった。

 

「綱吉君?」
「はっ・・・え、と・・・ずっと?」

怪訝そうな呼び声に、意識を戻せば、あっという間に頬が朱に染まる。
見惚れてた、などと気付かれたくなくて、慌てて話を呼び戻すが、そんなことに全く気付かない骸は変わらぬ微笑を向けたまま『はい、ずっとです』と応えてくれた。
そして、今度はその回答に眩暈がした。

「ど、どれだけ・・・」
「軽く3時間は経ちましたね、綱吉君テスト大丈夫ですか?」
「うん、ヤバイよね・・・じゃなくて!何で?」

山本ですら、待つのは大変だと思って先に帰した長時間。
目の前に立つ骸は、ストーカーよろしく、その時間を飽きもせずにずっと綱吉を見ていたというのだ。
身の危険を感じる前に、正直どうしてそこまでするのかがわからず、骸にしがみつく形で問う。
しかし、当の骸はというと、至極嬉しそうに微笑んで、まるで簡単な計算でも答えるように声にした。

 

「綱吉君と帰りたかったので」

 

 

たった一言。

たった数十分間のささやかな望み。
そのために、この男は3時間という長時間すら犠牲にするのだと。
思わず『馬鹿じゃないのか』と罵りたくなったが、見上げた瞬間それすら吹き飛んだ。

 

「ダメでしたか?」
「・・・ダメじゃない」

異色の双眸、それが瞬間悲しく揺れる様を見て、綱吉は胸の奥を突き刺すような痛みを感じた。
だからとっさに許可してしまったのだが、承諾した瞬間、いきなり骸に抱きすくめられてしまって混乱する。
何で?とか、え?とか、意味のなさない言葉をわめくように上げている綱吉を他所に、擦り寄るように抱きしめる骸は幸せそうで。
苦しい、と抗議してやっと解放してもらった綱吉は、骸の腕の中、至極嬉しそうな相手の顔を見上げて気付いた。


――――・・・まさか、コイツに堕ちるなんて・・・


紛れもない、これは憧れていた『恋』というものだろう、と漠然と思う。
理由、理屈、そんな確証など全くない、曖昧で掻き消えてしまいそうなほど不安定なもの。
だけど、強くこの胸の内を支配する気持ちは、どう表してもきっと同じ場所へたどり着いてしまうのだろう。

 

瞬間の一喜一憂にですら、こんなにも翻弄されてしまう感情を、俺はそれ以外知らない

想うだけで苦しくて

想われるだけでこんなにも嬉しく思うなんて

 

「・・・骸」
「はい?」
「ありがと・・・」

そっぽを向いて、顔が見えないように骸の胸に顔を埋めれば、上から小さな笑い声が降って来る。
その声が嬉しそうで、思わず自分も笑ってしまって。
まだ伝え切れてない想いでさえ、こうしていればわかってもらえる気さえする。

「では、帰りましょうか」
「うん」

 

 

 

いつもの遠回りな帰り道

変わらない星空を見上げる

 

だけど

 

 

傍らにもたれるように、身体を預ければ

 

 

 

 

 

今日はほんの少しだけ違った景色

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/10/03 (Wed)  from diary

タイトル『兆し』は、芽吹くという意味でも使われるらしいので、恋が芽吹くという意味で使用。
可愛いね〜Vv
というか、骸ツナが可愛いなぁ〜。


新月鏡