◆優しい夜明け

 

 

すぅすぅと、小さな寝息が鼓膜をくすぐる。
そっと視線をテーブルから移動させれば、俺のすぐ傍で眠るヒロさんの寝顔が眼に映る。
本を開いたまま、クッションを抱きしめて眠る姿に、愛しさが込み上げて。
起こさないようにゆっくりと髪を撫でると、ふにゃっと笑うから、可愛すぎる。
こうして無防備な姿を見ると、俺だけが許されているのだと思えて嬉しい。
でもそれ以上に、ヒロさんの取ってくれた行動が嬉しくてたまらなかった。

 

『お前、まだ寝ないのか?』

そう訊かれた時は、もう深夜の2時を過ぎていた。
しかし、仕事のことで、整理しておかないといけないことは山積み状態で。
せっかく一緒にいられる夜なのに…と思いながらも、仕方がないことだと諦めるしかない。
ここで放り出したら、きっとヒロさんに怒られてしまうだろうし。

そう思っていたから、『先に寝ててください』と言った言葉に、ヒロさんが答えなかったことが嬉しかった。
しかも、眠いはずなのに、口実作りのためにわざわざ本まで持ち出して、俺の傍にいてくれて。

 

ペンの滑る音と、本のページをめくる音だけが静寂に溶ける夜。


ろくな会話もなかったけれど。
触れることすらあまりなかったけれど。
こうして傍にいてくれる優しさが、何より嬉しくて。
ようやく書き終えて振り返ったとき、改めて知るその愛しさ。

読み途中の本は、細い指の先から零れ落ちて、床の上に。
綺麗な寝顔は穏やかなまま。
静かに繰り返される呼吸だけが、秒針と交じり合う。
ずっと、いつ終わるともしれない俺を待っていてくれた証。

「ヒロさん…ありがとうございます」

そう耳元に囁いて。
そっと抱き上げてみれば、すっぽり腕の中に収まる身体は、ぽかぽかと温かくて。
色素の薄い柔らかな髪を掻きあげ、額に優しい口づけをひとつ落とす。
擦り寄るように顔を埋めてくるから、思わずほころぶように微笑んでしまって。

「おやすみなさい」

大事に腕に抱きしめて、白んでゆく空を背に、光を失ったリビングを後にした。

 

 

 

* * * *

2008/10/05 (Sun)

貴方がいつもくれるのは
ささやかな優しさと、尽きることのない愛しさ


新月鏡