|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
◆melty melody
ふと見た上條の仕事机の上に、見慣れぬ小さな黒い箱を見つけた。
プリントや本の山を掻き分けて、その箱の周囲だけがきちんと片付けられているのがおかしく思える。
仕事内容ぎっしりのノートパソコンでさえ、半分プリントに占領されているというのに。
なんという不思議な空間。
妙に興味を引かれて手に取れば、それは蝶番のついた上質の小箱で、その外見に不釣合いなずっしりとした重みを抱いて、いとも容易く手のひらに納まった。
ぱくん、と開けてみると、綺麗なクリスタルガラスの中に彫られたピアノが収められていて、その繊細さに驚く。
クリスタルの内部に、細かな点でぽつぽつと彫られたアートなど初めて見た。
というか、こんな綺麗な小物があったなんて初めて知った。
音符をあしらった綺麗な旋律の波が、氷細工さながらに優雅な曲線を描いて。
黒い箱の中で神秘的なイメージを与えてくれる。
「ん?何だコレ…ぜんまい?」
魅入っていたクリスタルの傍に、異質なものを見つけて首を傾げる。
黒い箱に透明なクリスタルの彫り物、という完成された空間の中で、ぽつりと佇む小さなぜんまい。
これ以上触ると怒られるかも、という不安もあったが、どうにも抑え切れない好奇心によって、再び興味本意でそのネジをカチリカチリと巻いてみる。
すると、可愛らしい透き通った音が、空気に溶けるように流れてきた。
ぽん、ぽん、と控えめに。
美しい余韻を残してメロディを紡ぐのは、紛れもないオルゴール。
「…これ、オルゴールだったのか…」
こんな洒落たものを上條が持っていた、ということは、これは彼氏からのプレゼントか。
何となく納得して、そのまま椅子に腰掛けてしばらくその音色に耳を傾ける。
窓の光を受けて輝くクリスタルのピアノが、軽やかに奏でる優しい旋律。
小箱が彩る不思議な空間に、うっとりとしていると、忙しない時間を忘れてしまいそうだ。
「教授ー、この講義のことなんですけど…って、教授?」
遠のいた意識に、聴きなれた声が飛んでくるが、すぐに反応できない。
傍に寄って来た気配が、珍しく優しげに揺れるから、余計に動く気にもなれなくて。
意識半分を眠りに持っていかれたまま、何となく気配を追っていると、懐かしむような温かな色で声が降って来る。
「…野分…」
小さくか細く、それでも愛しむような音。
彼氏の名前だけで、どうしてこんなにも甘ったるく聞こえてしまうのだろうか。
――――『君待つと我が恋ひをれば…』か
今は秋でもなく、窓も開いていないので風など吹くことはないが、この穏やかなメロディに乗せて紡がれる恋の色にはぴったりだろう。
部下の惚気オーラに感化されたのか、そのまどろみの中で見た夢は、いつでも脳裏にちらついた姿で。
今日は早々に仕事を切り上げて逢いに行こう、とだけ決めて、ふわふわと浮き沈みを繰り返す意識を手放した。
それは、穏やかな午後のひととき。
* * * *
2008/07/20 (Sun)
フル↓
君待つと我が恋ひをれば、我が宿の、簾(すだれ)動かし、秋の風吹く
(あなた様を恋しく待っていますと、家の簾(すだれ)を動かして秋の風が吹いてきます)
いつだって君が恋しい…
3Dクリスタルガラスのオルゴール…このネタ、気力があればまだ続く予定。
新月鏡
|
|