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◆来る者拒んで、去る者追え
じっとり汗ばむ手に素肌を抱かれて、ぐったりとしていると、何処か複雑そうな表情が眼に留まった。
「…オイ、何か言いたいことあるなら、言え」
「いえ、大したことじゃないんで」
情事の後だというのに、そんな情けない面して何が『大したことじゃない』だ!
ワケありです、って言ってるようなものではないか。
はっきりしない態度に少し苛立って、気だるい腕を持ち上げると、うっとおしい、と言わんばかりにぺちっとその額を引っ叩いた。
小さく悲鳴を上げた顔を見上げて、してやったり、と笑う。
俺にしてみれば、ずいぶん甘い体罰だ。
「だって…俺だけが、ヒロさんのこと知ってるんじゃないんだって思ったら、悔しくて」
「またお前は…アホか」
再びぺちん、と激甘な鉄拳を食らわす。
どうもコイツは、思い出すのも嫌になる俺の過去を気にしがちだ。
苦しさから逃げるように、色んな手に溺れたとんでもなくしょっぱい過去。
そんな戻れもしない時間と戦ってるのかと思うと、本当にバカらしくて可愛い。
どうでもいい過去とコイツを比べたところで、結果は歴然としているのに、
「俺で、よかったんでしょうか…」
なんてことまで言い出す始末。
しかも語尾には消え入りそうな声で、でもはっきりと『いや、誰にも渡す気は全くないんですが』と付け加えられていて、俺は盛大に噴いてしまう。
あぁホント、コイツの方が俺より何倍も可愛い。
そんなこと言ったら、絶対嫌がるだろうが、本気で俺はそう思う。
自分が如何に真剣かを必死で弁護している姿に、どうしようもない温かな気持ちになって。
やっぱり『こいつだけでいい』、と思う自分に気付いて。
「いいんだよ…お前は俺を追ってきたんだから」
――――わかってないな、思われる心地よさを俺に与えたのはお前なのに
ぽんぽんと頭を撫でて、諭すように声色を潜める。
「ヒロさん…」
「追われたのは初めてだ」
初めて俺を本気で追ってきた奴。
自分のテリトリーで独りだった俺を引っ張り出した変わり者。
そんなお前だから
「俺が好きになったんだ、文句は言わさん」
有難く思えよ?
珍しく悪戯っぽく囁いてみれば、めいっぱい抱きしめられる。
泣くのを堪えている子供みたいにしがみつくから、くすぐったいくらい嬉しくて。
想いに任せて、すっぽり包み込む大きな身体を抱きしめ返した。
あの日俺は、俺を追って来た、世界を変えるとんでもない風に攫われたんだ。
* * * *
2008/07/20 (Sun)
不安がる必要はない
追い続けることも焦らなくていい
望んだものは、その手の中にあるのだから...
新月鏡
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