Plant -樹-
例えるなら、樹
自分自身を何か別のもので例えるなら、たぶん、公園とかでよく見かけるでっかい樹なんじゃないかと思う。 『樹』として認識されて、固有名詞はあまり知られていないような。 あえて挙げるとしたら…クスノキとか、そんなメジャーなやつでいいな。 騒ぎ立てる世界の中で、ありふれた存在の一部として、ただ静かに淡々と生きている。 それでよかった。 好きなように枝葉を掲げ、ある程度のルールで刈り取られる。 綺麗に形作られて、佇むだけでよかった。 あの、2種類の花に会うまでは。
兆しとなったのは、俺の部下である上條とその彼氏。 今まで忘れに忘れて…いや、ずっと内側に秘め続けていようと決心していたものを思い起こさせたのがコイツらだ。 その、『恋』という過去を。 焦がれて我も忘れるような、そんな危うい恋をしている部下を、俺は不思議な目で見ていた。 ふと目に留まった一瞬で他者を魅了している割に、本人は無自覚なまでに一途。 必死になる余り、少し触れるだけで儚く散ってしまいそうなくらい。 そう、まるで『月下美人』のように、儚い。 たった一夜、闇に抱かれて咲き誇る白い花。 その甘い芳香と幻想的な姿は、ただ一人のために。 そんな想いを一身に受ける花守りは、視界を覆う『闇夜』のような彼氏。 上條を想うあまり、太陽さえ喰らって2人だけの一夜を作り上げる。 恐ろしいまでの貪欲さ。 そんな刹那の永遠を求めるような恋を目の当たりにして、佇むだけの自分がぐらりと揺れた気がした。
そして得体の知れない不安に揺らいでいれば、予想だにしない形でその日は訪れた。 いきなりの呼び出し、いきなりの告白。 どれもこれも俺の思考を真っ白に塗りつぶす侵略者。 あえてコイツを例えるなら、間違いない、『藤』だ。 藤棚のように、囲いさえ作っていれば可愛らしいものだが、コイツは違う、野生の藤そのものだ。 俺の光合成を尽く邪魔し、華やかな房をめいっぱい広げながら、蔓を伸ばして俺を侵食する。 ざわめきたてて振り落とそうとしようが、何をしようが、絡み付いて離れない。 大人げなく叩きつけるように怒鳴れば、しゅんとしたように、ぐったりと腕に垂れ下がって項垂れる姿。 あぁ、振り切れない。 いつの間にか一方的に絡み付いてきた藤は、ぐすぐすと涙のような花弁を散らして、傍にいることを望むのだから。 こんな飾り気もないただの樹のどこがいいのか。 静かに過ごしたいと、森林の中の一部として生きていくのだと決めていたのに。 今では腕に掛かる重みがなければ不安を感じてしまうほど。 嵐が吹けば、散りはしないかと心配し。 雨が降れば、寒くはないかと枝葉を伸ばす。 そうして日々を過ごすうち、気付けば綺麗な藤色に染まった俺が佇んでいて。 あぁそうだな、ちゃんと認めてやるよ。 俺は、必死で俺にしがみつくこの小さな花を愛したんだと。
風に揺れる藤よ 忍ぶ想いを抱えて震える花よ お前が望むなら 俺はお前を守る大樹となろう
例えるなら、樹 花を愛で、花に愛される藤の大樹
* * * * 2008/09/09 (Tue) 私にはこう見える -宮城編- 『クスノキ』→芳香 『月下美人』→はかない美、儚い恋、繊細、快楽、艶やかな美人 『藤』→歓迎、恋に酔う、陶酔、あなたの愛に酔う、至福のとき 新月鏡
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