「灯台に灯る物語 -日常-」

 

 

 

ぽつんと海岸に佇む灯台。
白いはずの外壁が、ところどころひび割れ、変色している。
『灯台守の老婆』と称されるほど、この老朽化する年月だけ、あの老婆はこの場所で変わらぬ仕事をしていたらしい。
暗闇の中、導きの明かりを灯し、小さな船が路頭に迷わぬようにと見守り続けた。
そんな灯台の階段をひとつ、ひとつと登っていく。
そっと扉を開けて近づくものの、物憂げに海を眺める老婆は気づかない。

「あのう…」
「なんだ、あんたかい」

弱々しくかけた声に、はっと振り向く老婆は、僕の姿を見止めると少し肩を落とした。
誰かを待っているのだろうか。
振り向きざまに見せた、老婆の期待に満ちた瞳が、酷く印象に残った。

「何しに来たんだい?」
『望みどおり、手紙を届けに来たのだ』

自分が頼んだことも覚えてないのかといわんばかりに、シロは脹れたように言葉を継いだ。
だが、海岸での口喧嘩はなりを潜め、老婆はただ『手紙』の一言に、あぁ、と頷くだけだった。
そんな様子に首を傾げながらも、ポケットにしまっておいた手紙を差し出せば、老婆はそれを両手で受け取った。

「配達員さん、怪我しちゃったらしくて…」
「怪我?ふん、まったく使えない配達員だよ。道理で手紙が来ないはずだ」

憎まれ口をたたきながらも、その手はいそいそと封筒の封を切り、手紙を広げる。
その手紙は、【最愛の君へ】から始まった。

 

 

最愛の君へ

君と逢えなくなってずいぶんと経ちました。
遠い国で病気になるのは大変だけれど、なんとかやっています。
周囲の人も優しく、ゆっくりと身体を治してから国に戻ろうと思います。

心配しないでください。
あと、君も身体を大事にね。一時も君の事を忘れた日はありません。

それでは、また。

 

 

文章はたった数行のものだった。
現状と、気遣いの二つだけが記された手紙。
けれど、そんな手紙を大事そうに抱える老婆には、あの強気で頑固な印象はなかった。

『手紙をくれる相手がおったとはな』

そんな姿を見たせいか、ふんと鼻を鳴らしてシロは言う。

「大事な人だよ。あたしの、大切な人さ…」

耳に届く老婆の声が、今まで聞いてきたよりずいぶん優しげに響いて、僕はこの手紙の主がこの老婆にとってとても大切な人なのだと思った。
僕にとって、妹のヨナがそうであるように。
きっと、この老婆の一番大切な生きる希望なのだろう。
とんだお使いだと思っていたが、嬉しそうに笑う老婆の姿に、お願いを聞けてよかったと思った。

 

 

 

それ以来、海岸の街へ赴くたびに、僕たちは老婆の様子を窺うようになった。
時折手紙の配達を郵便局員さんに頼まれ、老婆からは手紙をもってこいと催促されと、見ようによってはただの使いっぱしりなのだが、老婆の嬉しそうな顔を見るたびに、僕は満ち足りた気持ちになっていた。
週に1回ほどの頻度で海岸の街へ行くことが習慣になっている僕に、今日は、郵便局員さんから手紙の配達を頼まれた。
まだ足の怪我の具合がよくないということもあり、ひとつ返事で請け負った。
しかし、街人だけでなく、配達員さえも倦厭するとは、老婆はとんでもない嫌われようだ。
どうやら、あの口うるささと強情っぷりから、老婆に関わりたくないという人たちがたくさんいるらしい。
そんな老婆に進んで関わろうとしている僕に、シロはやれやれとぼやくばかりだ。

『まったく、人使いが荒いにも程があるぞ』
「まぁまぁ、みんなの役に立てるんだからさ」
『お前はお人好しすぎるぞ』
「シロは冷たすぎるよ」

そんな軽口を交えつつ、今日も老婆のいる灯台へ向かった。
まっすぐ慣れた道を歩き、灯台の階段を一段飛ばしで上り、いつものように老婆の部屋へノックをしてから入った。

「よいしょ、あぁ、あんたたちか」
「大丈夫?」
「あんたたちが手紙を持ってくるのが遅いから、持病が悪化したんだよ」

届けに来るたびに浴びる痛烈な切り返しに、苦笑がもれる。
『口の減らぬ老婆めっ!』とシロは目くじらを立てて怒りを示すものの、老婆はそっぽ向いてしまう。
これも相変わらずのやり取りだ。
だが、今ベッドから起きたばかりの老婆の様子に、僕は少し不安になった。
もしかすると、本当に持病を抱えているのかもしれない。
黙る僕が相当不安そうな顔をしていたのだろうか、老婆は口の片端を引き上げて鼻で笑うと、さっさとよこしな、と言わんばかりに手紙と礼金を交換を申し出た。
受け取った金額に目をまんまるにして見つめ返せば、いたずらが成功したかのような顔をして笑った。

「こんなに貰えないよ!」
「いいからとっときな!でも、次からはもっと早く手紙を持ってくるんだよ!」
『もっと!?要求にキリがないな』

当然のように言い放ち、指を突きつける老婆に、シロは驚愕を示した。
僕としては、海岸の町に来るたびにやってきたことだから、要求自体はさして気にもならなかった。
ただ、見え隠れする優しさが嬉しかった。

 

 

 

最愛の君へ

お元気ですか?私は元気です。
なかなか病気は治りませんが、君がその港町で待ってくれているというだけで、生きる気力が湧いてきます。

遠い場所で寂しい思いをさせてしまっていますね。
でも、決してこちらに来ようとはしないでください。私が怪我をしたのも荒れた海での航海が原因ですから。
必ず帰ります。その日まで待っていてください。

それでは、また。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/05/09 (Wed)

結末が見えててもいいんです。
王道ストーリーだから!
ただ、何を思ったかを覚えておいてください。
思った理由を、見つめてください。

2012.5.8 日記より加筆修正


*新月鏡*