「3・会話は常にダウトゲーム」

 

 

 

隣で半歩間隔を開けて歩く人物を見る。
アイツはいつも俺より前を歩かない。

 

「なぁ、お前って何で俺の前を歩かないんだ?」

振り向きざま、興味本位に訊いてみた。
くるりと反転する視界、きょとんとした表情で立ってる姿が映る。
そして、日に透けるくらいキラキラした笑顔を向けて。

「だって、ネク君が見えないでしょ?」

なんて、ことを言ってくる。
頭がおかしくなったのかこいつは、と何度思ったことだろう。
でも、それ以上に無意味でつまらない問いかけをした、と後悔する。

「何で俺を見るんだよ?見てて楽しいのか?」
「楽しいよ、それに…」

 

『僕はネク君が好きだから』


あぁほらまた馬鹿な問いかけをした。
いつだってこいつの本心は見えなくて、わけのわからない言葉ではぐらされてばかりなんだ。
楽しげに笑ってても、何処か胡散臭い笑顔がその証拠。
嫌味ったらしい表情の方がまだマシなくらい。

「よく言う…嘘ばっかりだな」
「酷いなぁ〜ネク君、僕は本気だよ?」
「じゃぁ寄るな」

えぇ〜、とわめくアイツを放って、さっさと歩き出す。
本気かどうか測りかねる奴との会話なんて、疲れる以外の何物でもない。
他人との会話がうっとおしく思えて、どきりとした。
シキといた頃とは違う、何だか逆戻りになってる気がして俺は少し恐怖する。
負けられないのに、何だかズレていってないだろうか?

 

そんなことに思い耽りながら黙々と歩いていたら、ふと何か忘れてる気がして立ち止まる。

歩いても

歩いても


――――…足音が一つだけ…?

 

 

 

はっとして振り返る。
でもそこにはいるはずの姿はなくて、ただ人波が行き交うだけ。
喧騒と空間を隔てた足音と人の声はするのに、必要な人の姿はないなんて。
グレーに染まった世界の中、たった一人で立ち尽くしているよう。
見回しても、見回しても、知らない顔だけが過ぎ去っていく。

「っ…どこ、に…?」

無意識に零れた声には、隠しようのない動揺と不安がにじみ出る。


誰も気付かない

誰にも声は届かない


恐怖からか、不安からか、自分の足元がぐらついて。
呼び声すら放てない。


――――いつだって、俺は…ひとり…?

 

 

 

「ネク君!」

暗転しかけた意識を、ふわりと誰かに抱きとめられる。
呼ばれた方へ視線を向ければ、やっと見つけた、と言わんばかりにほっとしたような視線にぶち当たった。
たった一人、この世界で今の俺を見てくれる奴。

「もう大丈夫だよ、僕がいるから安心してね」
「…はぁ?」
「だってネク君」


『寂しがりやさんでしょ?』

 

爽やか過ぎる笑顔を浮かべて放たれたのは、何気ない言葉だった。
でもそれは驚くほど軽く、すとん、と落ちて来て、波紋みたいに綺麗に広がっていく。
その波に攫われてしまうくらい、心が揺れた。
歪む視界、それに気付かれたくなくて目をそらす。

「違う!!馬鹿なこと言うな!」
「フフフ…ネク君の嘘つき」
「なっ!」
「でも、そんなのバレバレだよ」

跳ね除けようとした俺をするりとかわして、アイツは流れるような動作で俺の手を掻っ攫う。
あっという間に指を絡められて、文句を言う間もなく引っ張られた。
さっさと行こうか?なんて声が風に乗って耳をくすぐる。
アイツの歩くスピードは緩やかだけど、何故か俺にはアイツの姿が遠く思えて。

 

 

 

だから、その錯覚のせいにしておく。


――――この手を、離したくない…


そんなことを、思うなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/09/14(Fri)  from memo

桜庭と桐生で十五題より


*新月鏡*