「嘘つきの誓約」

 

 

 

日が落ちる。
取り乱した心が落ち着く頃、うっとりと眠気がやってくる。
身体が重い。
思考さえも薄れるよう。
あんな夢を見たばかりなのに、身体は休息を要求してくるなんて。

 

「…ん、ん…」
「眠いんでしょ?寝てていいよ、運んであげるから」
「ぃぁ、だ」
「フフフ…ほら、もう呂律も回らないじゃない」

心地よすぎる声が、さらに俺を眠りへ引きずり込もうとしてくるが、俺は懸命に頭を振って抵抗する。
そんな俺の様子に、困ったように肩をすくめてみせるから、さらに抵抗心が芽生える。
出来ることなら、弱さなんて見せたくない。
小さなプライドが急きたてる。

「ここは意地を張るところじゃないでしょ?」
「…」
「もぅ、そんなに怖いの?」
「ぇあ…?」

とろん、と落ちかかった瞼を懸命に引き上げて見上げる。
すると何故か、ものすごい勢いで眼をそらされた。
俺の顔も見たくないのか。
ぐっと沸き起こる怒りに駆られて、俺は首に腕を回して引き寄せて、眼を逸らしようがないくらい距離を詰めてやった。

「ネ、ネク君…僕を試してるのかい?」

ふん、と満足げに腕の中に納まってる俺を見下ろして、こいつは普段見ることのない挙動不審さを見せる。
眼のやり場に困ったように、きょろきょろと虚空を彷徨う目線が面白い。

「…変なの」

へらっと笑った瞬間、息が詰まりそうな勢いで重心が揺らぐ。
回された腕に全てを預けて、俺の視界に映るのはアイツの瞳と柔らかな髪だけ。
塞がれた唇は、最初こそ荒かったものの、次第に舐めるように食んでくる。
眠りの気配と甘く与えられるキスが、どんどん俺の思考を奪っていくから、気持ち良いくらいふわふわとした浮遊感だけを感じてる。


――――…なんで俺、こいつにキスされてんだ?

 

状況把握のための疑問すら湧くのに、どうしても抗えない。

流されて

流されて

ただ、身を任せて


「ネク君」


呼び声だけが、俺の耳に届いて

 

 

 

応えなきゃ、と思うのに、塞がれてるせいもあって声が出ない。
何度も何度も心は呼び続けてるのに。

――――いやだ…ヨシュ、ア…

一生懸命嫌だと抵抗してるのに、どんどん思考は落ちていく。
眠ることに恐怖を覚えるのは、あの夢のせい。
次に眼が醒めたら、消えてなくなってる、なんて嫌なんだ。
だから、お願いだ…

「明日、ネク君が起きたら…ね」
「何、が?」
「約束…遠い未来じゃなくて、明日の…僕にはこれが精一杯の約束だよ」

 

『だから、明日までは保障してあげる』

そう言って、今度は触れるだけの優しいキスをくれた。
まるで、外国でよくやってる『おやすみのキス』みたい。

「うそ、じゃ…ない?」
「約束事に嘘は邪道でしょ?」

いや、非道かな?と笑うアイツの顔は、いつもの胡散臭い感じじゃなくて、もっと純粋なもの。
今のアイツは、嘘をついてない…そう信じたくて、動きの鈍った身体で小さく頷く。

「ヨシュ…ア…」
「おやすみ、ネク君」
「ん…」

離さないように、しっかりしがみついて、意識を手放す。
崩れる身体を抱きとめてくれる腕を感じながら、俺は眠りに身を投じた。

 

 

 

 

 

「というわけで、迎えに来てもらったのさ」
「…運んでやるってお前が言ったんだろ?」
「僕はね、ネク君のゆりかご的存在なの、動けるわけないでしょ?」

健やかに眠る愛しい想い人を腕に、義弥は当然と言わんばかりに、迎えに来た羽狛にふんぞり返る。
これからワイルドキャットまで、どうやって運んで帰ろうか。
寂しい財布をつまみあげながら、羽狛は、はぁ、と重いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/09/12(Wed)  from memo

やっぱり『頑張れ羽狛さん!』的な展開に…;;
でも、羽狛さんも何だかんだでネクが可愛いので、ほっとかない(笑)
…てか甘すぎた。


*新月鏡*