「白昼夢〜day dream〜」

 

 

 

『ネク君』

聞き慣れた声色が、エコーをかけたようにじんわりと響く。
その声にはっとした俺は、周りを見回すけれど、それらしい姿が見当たらない。

どこにいるんだ?

そう問いかけようと口を開くが、のどに引っかかってしまったように声が出ない。

どうして…

様々な疑問が湧き出してきて、考えがまとまる気配は皆無。
なのに、アイツが俺を呼び続ける。

 

『ネク君、覚えておいてね』


――――あれ…?


『僕がいたことを、忘れないでね』


――――…アイツって、誰だっけ。


優しくて、でも寂しい響きで、酷く胸が締め付けられる。

 

忘れちゃいけないはずなのに
大切だったはずなのに
顔も名前も何もかもが思い出せない
手に残る体温の温かささえ、幻のように冷えてゆく

『…ありがとう』
「ダメだ!」

ただの感謝の言葉、そのはずなのに、どうしてだろう。
まるで最後みたいに聴こえて。
思わず俺は、手を伸ばして掴んでた。

 

 

 

 

 

「…ネク、君?…どうしたの?」
「え?」

はっとすれば、眼の前には驚いたように目を丸くしてる人物が一人。
振り向く肩には自分の手がしっかりと置かれていて、目覚めたような思考が現状把握にフル回転する。
自分の立ってる場所さえおぼろげで、不安定。
とっさに掴んだままの手は、離すタイミングを失って、ただ停止したように視線が絡むばかり。
光に透ける色素の薄い髪がふわりと揺れて、深い蒼が俺を見つめる。
心の読めない、深い深い深海の色。

「…あの、さ…」
「何だい?」

表情をいつもみたいに穏やかに変えて、小さく微笑むのは、見慣れたアイツのもの。
柔らかく細められた視線が、俺の緊張を緩めてく。

 

――――あれは…夢?

 

ふと揺れる視界に、差し伸ばされた指先が、労わるように目尻をなぞる。
反動で落ちる雫を見て、初めて自分が泣いているのだと認識した。

「どう、して…」

自問自答に陥る。
疑問の渦に巻き込まれて沈黙している間も、アイツの手は離れず俺の頬に当てられていて、その温かさだけが俺を落ち着かせていく気がした。

「…怖い夢でも見た?」

大丈夫だよ、そう優しく囁かれて、心が折れそうになる。
きっとアレは夢だったのだろう。
だけど漠然と、きっと真実なんだろう、とも思う。
失いたくないのに、いつかはそうなるんだと、気付いて再び涙が落ちる。
きりがないね、なんて少し困ったような声が降って来るけど、自分ではもう止められそうになかった。

「お前は、消えたりしないよな?」
「…さぁ、どうだろうね…でも『死』は逃れられないと思うよ」

ずきりと胸の奥底が痛む。
『いずれ死ぬこと』を聞いたからじゃない。
人は誰だっていつかは死ぬ、それくらい知ってる。
俺がつらく想うのは、答える間際に、揺れた眼が完全に否定できないと物語っていたからだ。
いつだってこいつは嘘つきだから、俺の心は穏やかじゃいられない。
だけど、このときばかりは、こいつの嘘を見抜けた自分に後悔する。
それこそ嘘だと言って欲しかった。

「夢なら、醒めてしまえばいいのに…」

色褪せていく、何もかも。
どうして失いたくないと想えたときに、失ってしまうんだろう。

 

 

 

「頼むから…いなくならないでくれ」


――――もう、誰も失いたくない…


祈りを込めて、抱きしめてくれる腕にしがみつく。
宥めるように力の込められた腕は温かく、その温かさにやっぱり堰を切って溢れる涙は止められない。


寄せられた頬にかかる吐息

伝わる熱

響く心音

それだけで、安心して良いはずなのに。

 

 

 

「…約束はできないよ、ネク君」

一時の安堵すらくれない。
なんて酷い奴なんだろう。

「お前がそんな奴だから、あんな夢見るんだ馬鹿!」
「フフフ…酷いなぁ」

 

 

 

 

 

夢から醒めるように

 

いつかはこの時間も消えるのかな

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/09/11(Tue)  from memo

ネクは白昼夢を見たんです。
近未来か、平行世界の真実か。
ここが何処だかも判明してない状態でのSSですので、想像ご自由に。
とりあえず、このヨシュアとネクは、確実できてますな(笑)

そしてこれにも続きが在ったりする。


*新月鏡*