「Beautiful World」
君を突き飛ばす僕の手のひら 光に呑まれる指先 その先に 果てしない空を見る リアルの自分が息づく世界 秩序? 規律? 何も知らない君がくれたのは 生きていた証 『僕』としての存在意義
「もし、一つだけ願いが叶うとしたら…ネク君は何を願う?」 「願い?」 手の中でオレンジ色のケータイを弄りながら、ふと、思ったことを口にする。 誰しも一度は考え、その願いを探ったことだろう。 それを僕は彼に問う。 今ほしいもの 近い将来ほしいもの 安寧・変動・平穏・破壊…願いが織り成す錦の帯 欲求を満たす全てを 心より望むものを 尽きることのない願いを、一つだけ 「…俺は、生き残ること、それだけだ」 「フフっ、そうだったね」 「これは俺だけの問題じゃない…絶対生き残らなきゃならないんだ!」 ぐっと握り締めた彼の手が、力みすぎた余波で震える。 彼は本当に変わった。
廻り逢ったあの日。 いつものように壁に描かれたグラフィティーを眺める彼の視線は輝いていた。 そして、その反動かのように、酷く世界を拒絶する。 諦めにも似た虚無感がまとわりついて。 奥底に秘めた可能性が鈍い光を放っていた。 それがGUに来てから7日間で、著しい変化を遂げた。 初めて見たときの、あの虚無感は消え失せて、今彼の背中に輝くのは、紛れもない生きる意志。 エントリー料として奪われた、彼女がもたらした変化だろうか。 それが微笑ましくもあり、少し悲しくもあった。
彼が変わっていくことに異論はない。 むしろ好都合だとさえ思う。 ゲームには熱心だし、何より勝ち残る…ゲームに勝つことに対しての執着が増すことは、もっとも評価すべき点だろう。 ――――でも… 霧がかったもやのような気持ちが、胸の奥をきつく締め付ける。 それが何かもわかっているが、どうにも認めなくない、と意地を張ってこじれてゆく。 認めたくない感情の正体は、誰もが持つ『羨望する貪欲さ』……嫉妬。 彼を変えたのが自分ではないことに、予想以上の嫉妬心が働きかける。 ――――あぁ、なんて深い独占欲… 自覚すれば自然と見える更なる変化。 目的の達成、それが今ではどうでもよくなり始めてる。 ただ、求めるのは『この時間が続けば良い』ということだけ。 このまま、変わらず、この場所で、共に…――――
「お前の願いは?」 心を読んだかのようなタイミングで彼は問う。 考えるまでもない。 結論は出てしまった。 「ずっと、君の傍に…」 「え?」 「僕の世界を変えたのは、ネク君だから」
ただのゲームを 意味のあるゲームに変えたのは君 ただのパートナーを 『大切なパートナー』にしたのも君 そして、この命すら…
「ネク君は綺麗だね」 「お前、何言って…」 「自分が嫌になりそう…ねぇ、僕は君の傍にいていいの?」 視線を合わすことすら、今の僕には出来そうになかった。 ただ苦しくて、自分の汚さに嫌気が差すから、余計彼の傍にいていいのかわからない。 珍しく弱音を吐く僕に目を見張って、戸惑ってる気配が動く。 そっと前髪に掛かる影が、酷く優しいものに思えた。 「当たり前だ!お前は俺のパートナーだろ!」 「ネク、君…」 横から不意打ちで殴られた感覚に陥った。 励ますように与えられた言葉が、からからに渇いた心に木霊して満ちていく。 こつん、と当てられた額。 頬を包み込む手のひらから与えられる熱が愛しい。 何も知らない無垢な彼が、全てを知ってる僕を救うだなんて、思いもしなかった。 「お前にいなくなられると、困る」 「そう、だね…僕らしくもない、取り乱しちゃったみたい…ごめんね、ネク君」 「…わかればいいんだよ」 「フフフっ…でもね、覚えておいて」
『 僕の願いは変わらない 』
フラッシュする光の渦 諦めの色を抱く彼を見たとき、無意識に身体が動いてた 触れる指先 離れがたいほどの衝動を振り切って、突き飛ばす
君をここへ陥れたのも僕 君を苦しめてるのも僕 だけど
「ダメだよ、ネク君」
願うなら ずっと君の傍に…
「自分を諦めたら、世界を諦めたのと同じだよ」
穏やかな声色で届くようにと、祈りを込めて君に囁く さぁ 君のくれた存在意義を 今ここで示そう
――――目を射るほどの光の中、想い返せば 君といた世界は、夢のように美しく想えた…――――
* * * * 2007/09/01(Sat) from memo ネタバレ全開の小話。 ヨシュアの価値観も、ネクと関わることで変わればいい。 限りなくヨシュ→ネクな感じだな…;; タイトルとイメージは、宇多田ヒカルさんの『Beautiful World』から戴きました。 何度泣きそうになったか… *新月鏡* |