「平行世界の悪夢<nightmare of parallelworld>」

 

 

 

『ヨシュアっ!』

それは、予定通り、平行世界へ姿を消す直前の声。
いつだって、彼は最後の最後でしか呼んではくれなかった。
それが少しのわだかまりを保って、後ろ髪引いてくる。
離れたくはなかった。
彼によって変えられた僕。
消滅への駒として選んだ彼を、今では何より信じてる。
それも、変革という名の未来へ導くものとして。
もう、彼なしに希望は見出せない、そんな確信めいた思いさえ抱いてるのだから、笑えて仕方ない。

「認めたくない弱音というものは、独りになると無意識に出るものらしい」

渇いた自嘲
無機質な柱のオブジェ
静寂だけが支配するこの部屋で
冷たい玉座に腰掛ける

思いにふければ、彼のことばかりでどうしようもない。
戻ったとき、どんな顔をするだろう。
魂の根源があまりに純粋で綺麗だから、どう染めてやろうかと考えたこともあったけど、やっぱり彼は彼のままでいてほしい。
こんなに汚い自分を、最後には信じてくれたから。

 

 

「ここは…」

誰も来ないはずの空間に、ふと、聞き慣れた声がした。
思わず跳ね上がるように顔を上げて立ち上がり、遂に幻覚でも見始めたのかと思って我が目を疑う。
いつだって可能性はゼロじゃない。
この次元の彼に出会うことすら、望めばすぐにでもできた。
でも、それをしなかったのは、少しの後ろめたさがあったから。
久しく感じてなかった感情。


――――僕は、ネク君に嫌われるのを恐れてる…?


いつだって上手く立ち回って、後腐れのない関係で終われる自信はあったのに。
小さなためらいが、声さえ封じ込めてしまう。
遠くでこちらの僕と彼が親しそうに話してるのを見て、何故か頭が真っ白になるくらい無性に腹が立った。

「やぁ、ネク君」

振り返る彼に、微笑みかけて。
なんでもないフリなんてお手の物。
彼の注意が自分に向けられることに、酷く満たされた気分になる。

「こっちの世界じゃ、はじめまして、かな?」

驚く周囲なんて気にならない。
どうせ同じ人間が二人存在することに驚いてるだけだろうし、自分が関心あるのは彼だけだから。
大まかに端折って説明しても、やっぱり自分以外は理解に苦しむ展開みたい。
当たり前だけど、目を白黒させてる彼が可愛らしい。

「こっちの世界は平和そうだね」
「そっちの世界は平和じゃないの?」

自分の零した言葉に、こちらの自分が問い返してきた。
なかなかない体験で少し笑えてくるけど、こちらの自分も同じ気持ちだろうか。
ちらっと視線をやれば、変わらない自分の顔がそこにある。
違いといえば、微かに向けられる敵意。
どうやら、こちらの自分もそうとう彼に入れ込んでるらしい。
自然な動作で遮るように彼との間に立って、不敵に微笑む。
自分で自分の表情を見るのは初めてだけど、これはこれで結構腹立たしい。


――――まさか、自分に殺意を抱く日が来るとはね・・・


自嘲気味にカラカラな笑いを吐き出して、すっと冷たい空気を吸い込む。

「ゲームをしようか?」

吐き出した声は無機質に響いて、くつくつと暗い笑い声がのど元を競りあがってくる。
同じように嘲るような笑みを湛えた自分は鏡のように憎らしく映って。

 

 

さぁ、始めよう

退屈しのぎの戦慄の遊戯を

 

さぁ、狂わせてあげよう

穏やかな世界で微笑む僕らに、ささやかな痛みと報復を!

 

 

 


別世界の幸せそうな自分に嫌気がさした。
さも当然かのように、彼の傍にいる自分が憎くて。
それ以上に、そう感じる自分が愚かしくてたまらない。

だから


だから、

 

少しくらいの意地悪、笑って許してよね…

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/05/09 (Wed)

過去memoログより。

*新月鏡*