「恐るべきUG生活」

 

 

 

放課後、学校の友達と遊んでいたときのことだ。
ゲーセンでわいわい騒いだ後、休憩がてらジュースを飲んだり、これといって変わったことなどなかった。
UGにはない、穏やかさと、変わった世界の楽しさを満喫するばかりだった。
だがこの日、俺はこの身に染み付いた習慣というものの恐ろしさを思い知らされることになる。
きっかけはくだらないこと。
友達の一人が、つまずいて水溜りにダイブしたのが事の始まり。
泥水にずぶ濡れてしまったズボンを見やり、皆して笑ったり、それとなく気の毒に思ってみたりと、反応はそれぞれ。
そんな中、俺は何を思ったのか、「びしょびしょで気持ち悪い…」と呟く友人に、

「だったら着替えればいいだろ?ほら、来いよ」

と、のたまった。
家には電車に乗って帰らなきゃならないし、こんな格好のまま遊び続行は無理だ。
俺からしてみれば、当たり前というか、至極当然の流れなのだが、周囲はそうではなかったらしい。
ざわっと戸惑い気味の空気が、ふよふよと生み出されていた。
俺は、そんな空気に全く気づかず、近くに行きつけの店を発見すると、迷わず脚を運ぶ。
が、しかし。

「ちょ、待てよ、ネク!何処行こうってんだよ!」
「え?何処って服売ってる店だろ?」

戸惑う友達の手を引っ張りつつ、訝しげに答えて返せば、ものすごく変な顔で俺を見てきた。
何がいけないのか。

「濡れてたら風邪引くし、気持ち悪いだろ?」
「いや、そうだけど、マジでこの店入るのかよ…」
「一番近場で服売ってる店っていったらここしかないだろ、ほらしっかり歩けよ」

そんなやり取りを繰り返し、全員ついてきてることを視界の端で確認しながら、遅れ気味になっている友人たちを呼び寄せる。
一方、水溜りにダイブした友人は、ぽたぽたと雫を落としながら、無理やり引っ張る俺の後を、ふらふらと力なくついてくる。
心底困り果てた表情を見て、やはり早く着替えさせた方がいいと勝手に解釈した俺は、躊躇うことなくその店の扉に手をかける。

「わーっ、待て、まだ心の準備がぁぁぁ!」
「すみませーん」

知った店という気安さで、声をかけ、カウンターの呼び鈴を数回鳴らす。
りん、と涼しげな音を立てて、呼び鈴が鳴ると、数秒もせずに店員が現れた。
スタイリッシュなスーツに身を包み、腕には見るものが目をむく高価な腕時計。
上品に着こなした紳士の如き店員に、連れ全員が凍りついた。
それもそのはず、ネクが連れ込んだのは、渋谷デパートにある『ペガッソ本店』だった。
高級店の中でも、群を抜いて最高級品を取り揃えている店。
一般人からは全く手が出せず、その名前を聞けば、誰もがそのブランド名に感嘆の声を上げるだろう店だ。
そんな店内に、外見的にも年齢的にも不釣合いな集団、とくれば、異様な空間が生まれて当然だった。

「いらっしゃいませ、桜庭様。お待ちしておりました」

そんな空気を知ってか知らずか、気に留めることなく、にっこりと柔らかな笑顔で迎えてくれる店員に、ネクだけが自然な態度で応じ続ける。
優雅な一礼を前にして、友人たちはネクの後ろで怯えるしかない。

「いきなりで悪いんだけど、こいつの着替え、簡単でいいんだ、見繕ってやってくれないか?」
「ひぃぃっ!」

ずいっと前に引き出されて、友達が顔面蒼白になるのも気にせず、ネクは淡々と要件を述べる。

「このままだと風邪引くかもしれないだろ?」
「確かに、そのままでは見栄えもよろしくありません。かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
「無理を言って悪い」
「いえ、桜庭様のご要望であれば、何なりと」

無茶振りな要求に、これまたにこやかに応えて返すのは、さすがと言うべきか。
そんな店員に、半分魂を奪われてしまったのではないか、というくらい真っ青になっている友達は、促されるまま連れ去られてしまう。
それを見送る友人たちも、哀みいっぱいの目で、オロオロとしていた。

「お、おい、ネク…お前こんなとこ来て、大丈夫なのかよ…?!」
「え?何が?」
「俺たちこんな高価なところは入れるくらいお金持ってないぞ!」
「あぁ、大丈夫だ、俺が払うし。前からお世話になってるから、結構融通利くし」

そうして何でもないように答えて返せば、友人たちはさらにフリーズした。
何か間違いを言っただろうか?
おかしな空気に首を傾げつつ、そのときの俺は、全くわからずじまいで。
異様な空気の理由を知った時には、『桜庭音操は、大富豪の息子だ』とかなんだとか、変な噂が広まった後だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/05/09 (Wed)

過去memoログより。


*新月鏡*