「真相追跡 -true chaser-」
少なからず分かっていたはずだ、どうすればいいのか、ということくらい。 そしてそれが、傍から見てどれだけ異様に映るか、ということも。 はっきり言って、誰構わず奇異の目で見られることは恥ずかしい。 だがしかし、そうも言ってられないのは事実で、俺は必死に眼の前を駆ける背中に追いすがる。 「逃げるな、ヨシュア!」 「だったら、追いかけてこないでよ!」 休み時間で賑わう廊下を一目散に逃げ回るのは、俺を奈落の底まで混乱に陥れた桐生義弥。 そして、それを追うのは俺と… 「逃げられると思ってるの?大人しく捕まりなさい!」 廊下の曲がり角から、ふわりとスカートをなびかせて現れるシキ。 義弥の異様な行動から発展、その翌日にはこんなやりとりが休み時間ごとに繰り広げられていた。 今までは、ベタベタと俺を追いまわす義弥の姿だったが、それが止んだ平和な一日が空けた次の日は、ものの見事に立場が逆転したのである。 校内に義弥の悪評もとい、暗黒帝国話が広まっていただけに、この追った追われたの光景は、とても奇異なものに映ったことだろう。 ぜいぜいと息を上げながら追う俺を他所に、颯爽と逃げる義弥に、きゃぁきゃぁと夢見がちな声が声援を送っている。 もとより応える意思のない義弥にしてみれば、煩わしいことこの上ないが、追跡者の意欲を下げるかのように、わざと手を軽く振って笑みを返す。 そのさわやかともいえるキラキラした笑顔に、後者である俺の耳をつんざくように歓声が大きくなった。 そうだった、こいつは顔だけはいいんだった…。 わんっと耳に響く黄色い歓声にふらつきながら、それでも必死に逃げる背中の追跡を続ける。 ――――逃げないって…向き合うって決めたんだ ぐっと拳を握り締めて、弱る足を叱咤する。 シキの前で涙した昨日の決意を再び心のうちで唱え、面を上げれば、ちらりと振り向く青の双眸。 その瞳に読みきれない感情を見て、さらに追いつかなければ、という脅迫概念に似た感情が湧き起こる。 しかし、挟み撃ちの形で追い込まれた義弥は、ちっとらしくない舌打ちをして、ぐんっと加速し始めてしまい、あっという間に距離が開く。 前方にいる少女なら抜いてしまえると判断したのだろうか、ぐんぐんと加速して向かってくる義弥にぎゅっと唇を噛んで構えるシキ。 あと20メートルほどでぶつかる、という瞬間。 「え?」 「なっ…!」 声を失った。 その視界の端を、ひらり、振り返された手のひらが消えてゆく。 「じゃぁね、ネク君」 楽しげな微笑が落下する様は、それこそ異様な光景だった。 手を伸ばす先、ガラス張りの窓の向こうで、義弥の淡い髪が舞う。 完全に視界から消えてしまうと、俺は慌てて唯一開いている(義弥の消え去った)窓へ駆け寄り、身を乗り出した。 ここは2階だが、決して人が飛び降りていい高さには思えない。 爆発しそうになる鼓動を抱えたまま、何一つ見落とすまいと視線を降るが、眼下に広がるのは緑の茂みばかりで、追いかけていた淡い色は見当たらない。 綺麗に消えてしまった義弥に、俺は半ばプチパニックに陥って、え?とかうぅとか、わけのわからない言葉を零すしかなくて。 顔面蒼白になったまま、同じく駆け寄ってきたシキを振り仰ぐ。 「ヨシュアがっ…!」 「……だ、大丈夫よネク!あいつ、殺しても死にそうにないから!」 と励ましてるのか励ましていないのかよくわからない説得が、シキの口から力いっぱい発せられ、俺は動揺とプチパニックのおかげで目をしばたかせたまま硬直した。 息荒く目的者の生存を訴えるシキに、ロボットのようにぎこちない頷きを返し、再び呆然と窓を眺めやる。
全力で、逃げられてしまった。 虚脱感にも似た小さなショックは、ありえない逃走劇に、というより、俺から本当に逃げたがっているという事実に対して。 向き合おうと決めたその先から、相手はそんな自分から逃げてゆく。 それが何より、自分の決めた行為がムダだと言わしめているようで悲しくなってくる。
「ネク、次はちゃんと捕まえられるよ」 「……あぁ…」 俺が捕獲失敗に落胆していると思っているのだろうか、再び強く告げると、義弥の逃走方法に新たな追加要因を考慮し、再び作戦を練り始める。 大丈夫、分かり合える、と何度も何度も自分に言い聞かせ、シキの提案作戦に意見を入れていれば、スピーカーから鈍く響くチャイム。 鬼ごっこは一時休戦らしい。 俺は、次の授業の終了の瞬間から開幕するだろう奇妙な光景に苦笑しつつ、シキと教室へ戻っていった。 その途中、一度だけ期待を込めて振り返ってみたが、望む姿は見当たらなかった。
真実は、未だ逃走中…
* * * * 2010/01/18(Mon) シリアス真っ只中なので、面白くなればいいと思ったんですがね。 撃沈したみたいです。 次の、『まばたきで変わる世界』とセットみたいな話。 *新月鏡* |