「本当に怖いもの」
夜を怖く思う前に、意識全部を奪い去る一瞬が怖い。 いきなり…そう、いきなり俺と世界が切り離され、真っ黒な闇に支配される。 まどろむ暇も、眠いと認識する一瞬すら与えず、それこそテレビの電源が切れるみたいにぶちっと意識が掻き消える。 さっきまで隣に立つ人物と話をして、少しこじれて、無性に泣きたい気持ちになったと思ったのに。 そんな気持ちの真意を見る前に、放り出されてしまった俺は、こうして時間の狭間で迷子になるしかなくて。 意識の波にたゆたいながら、目覚める直前にぼんやりと『俺』が帰ってくる。 この後の展開は決まってて、また新しい一日がスクランブルから始まって、ゲーム続行。 飽きるほどに繰り返した絶対的な決まりごと。 そんな強制的な時間の削除は、もしかしたらゲーム参加者に対する配慮なのかもしれない。 酷使した身体に休息を与えるための時間。 仮定としてはありえなくもない。 だが、ある意味残酷なようにも思える。 確かに体力は維持できるだろうが、休息とは名ばかりに、『意識』は休む間もなく命の危機を考えなければならないからだ。 休んだ気にならない、というのが俺の本音。 眠った心地よさもなく、ずっと張り詰めたゲームに神経は削がれてゆくばかり。 だから、怖い。 もっと一日を感じていたいと願っても、叶うことがないその一瞬が。
「まばたきすることすら、怖いんだ…」 不意に翳った日に影響してか、俺は誰に言うでもなくそう独りごちた。 聴いてほしかったのかもしれない。 恐怖の対象を明らかにしておきたかったのかもしれない。 理由はどうあれ、怖いと感じていることを知ってほしかったのかもしれない。 言った後で溢れてくる言い訳じみた心情を掴む前に、温かな腕が俺を肩に触れる。 あったかい、と息を吐けば、軽やかな笑い声が楽しげに聞こえて。 「じゃぁ、まばたきしなきゃいいじゃない」 「…無理に決まってるだろ」 「じゃぁ、目を閉じ続けてれば?」 「どうやって歩くんだよ」 声は、明らかに無理難題なことを提案し始める。 まばたきしないと眼が乾いて痛いだろ。 眼を閉じてって、見えなきゃ歩けないし、戦えない。 そう睨みつけながら撥ねつければ、さらに笑い声が降り注ぐ。 癪に障って仕方ない微笑に苛立つものの、どうしてか手を振り解けない自分がいることにショックを受ける。 むかつくし、言われることに腹が立つことは確かだが、優しすぎる温かさが全部うやむやにしてしまって。 「怖いなら、目、閉じてていいよ」 「だからっ…」 「見える世界が全てじゃないでしょ?」 『僕が傍にいるときくらい、護ってあげるよ』 聞き間違いかと思うような内容を囁かれたかと思うと、おもむろに片手で視界をふさがれ、抱きしめられる。 そうして瞬時に耳元に注がれるのは、これでもかというほどの甘い戯言で。
歩けないなら支えてあげる (疲れて置いて行っちゃうかも知れないけど) 道に迷うなら導いてあげる (目的地は僕が決めるけど) 見たくないなら隠してあげる (それが君にとって重要なことであっても)
――――許容する範囲で、望むようにしてあげる
「っ…ぁ…」 「ネク君は、大事なパートナーだからね…」 大切に大切にしてあげる。 甘い甘い戯言は、歪な感情で俺を甘やかして落として行く。 酷く心地よい感覚だけに支配されて、言葉が喉につかえたまま、声にならない音だけを吐き出して。 おかしい、と頭の何処かで警鐘が鳴り響いているのに、俺はその違和感にすら気づけない。 心の弱い部分を柔らかく抱きとめてくれる言葉が、腕が、体温が、徐々に俺を呑み込んで。 「楽になっちゃいなよ…ネク君?」 どこまでも甘い声が、優しい滅びへ誘いをかける。 頷けば、きっと楽になれる。 悩むことも怯えることもなくて、ずっと気分が穏やかでいられる、そうわかっているのに、誘う声に同意できないことも事実で。 混乱しかかった意識の端で、眼の前の瞳に深みが加わったかと思うと、急に眼の前の情景が遠のいてゆく。 あぁ、そういえば、もう日付の変わる時間…。 何より恐怖したその瞬間だと認識するより早く、ぶつりと途切れる視界。 沈む刹那の意識の中で、恐怖したその一瞬に安堵した。 何故? 疑問を抱くが、それに対する漠然とした解答は、すでに持っている気がした。
本当に怖いものは、優しいものの中に潜んでいるのかもしれない。
* * * * 2009/03/23 (Tue) 堕落への道は、甘美なり ゲームをやってると、ヨシュアがネクの心変わりをよく想ってない節があったので。 拒絶体勢だった頃は、「だよね!他人なんて理解できないよね☆」みたいな肯定で唆しまくってたのが印象的です。 だからこそ、ネクは、『変わること』に背中を押してくれないヨシュアが、どこかで怖かったんじゃないかなー…。 なんて、妄想からの突発SSでした。 *新月鏡* |