「through the night」

 

 

 

君は気付くだろうか?
僕にとって必要なもの


それは全て君の傍にあって
他の誰かでは決してありえないもの

ほしいと望んでも、得られる確証はない

 

そう、この僕ですら、その未来はいまだ見えないまま…

 

 

 

嬉しそうに『よかった』と笑うネク君から、無自覚に突き立てられた諸刃の剣。
吐き気すら覚えるほどに心中を抉られ、それでもこの身の内にじんわりと広がる充足感でかき混ぜられる。
なんて幸福な絶望だろうか。
体中の血の気が一気に引いてしまうのが手に取るように感じられて。
振り返ったネク君が戸惑う気配すらわかるのに、視線が上がらない。
演じなければ。
そう思っていても、身体は従ってはくれなくて。

「ごめん…ちょっと、驚いた」

乾いた笑い声に乗せて吐き出したのは、虚ろなばかりの困惑。
きっとネク君は、僕が望んだとおりに純粋にゲームを楽しんでいて、その昂揚感と充実感から僕を絶賛したのだろう。
そう望んだのは僕自身であり、それが自分の手で完遂できたことに幸福だとさえ感じるのに。


――――君が僕を切り崩す…


無理やりの『初めまして』を演じて、微笑んで。
そんな僕の精一杯に、君は嫌になるくらいの無邪気さで、容赦なく僕の矛盾を突きつける。
眼の前が真っ暗になるくらいの感情を抱えて視線を微かに上げれば、同調したように君も苦痛な表情を浮かべていて。

なんて無情な未来予想図。

近づいたと思っていた距離が、圧倒的な溝を築いて引き離される感覚。
突然の困惑と失望に、物言いたそうに開きかけた唇をやんわりと指先で制す。
そっと柔らかな唇を指の腹でゆるりとなぞり、今だけは、と本音を落とせば、それは君の足かせとなってくれた。
僕以上に苦しそうな君の視線に耐えかねて、踵を返す。
一歩一歩、築かれた溝を現実の距離に。
それも、自分の手で。

 

嬉しい、それは本当

つらい、それも本当

 

UGでの出来事を君が忘れてしまっていても、僕がしてきたことが許されるとは思えない。
現に、僕を張り倒した彼女は、許す気など欠片もないだろう。
もし仮に、君が覚えているなら、僕を責め立てて、泣いてくれるだろうか。
偽りでも、束の間のパートナーだった僕の言い訳を聴いてくれるだろうか。

そこまで考えて、自然と足は止まった。

 

「結局僕は…ネク君に許されたいだけ…」


――――…ネク君から拒絶されたくない…


自分本意な願望。
そう望んでいた矢先、ほしがっていた言葉が無邪気に放り投げられれば、自分から近づこうとしていたくせに、自分から距離を置いてしまう。
自覚した瞬間に襲い掛かってくる罪悪感が、僕を罵り、責め続け、その先へ踏み出せなくさせる。
『お前がパートナーでよかった』なんて、心底嬉しそうに投げられた言葉は、確実に僕を陥れるばかり。
ほしくて、ほしくて、どうしようもなく焦がれた言葉すら、君と僕の関係を引き裂くものにしかならない。
そのくせ、君を手放せないなんて、とあまりに身勝手すぎて自嘲の声が零れ落ちた。

どれだけ振り回せば気が済むのかと、憤慨する彼女が脳裏に過ぎる。
傷つけるつもりなど毛頭ないが、周囲から見ればそう映ってしまうほどに身勝手な望みなのだろう。
それは今も変わらなくて、事実、こうしてネク君を困惑させて遠ざけてる。

 

傷つけたくない

できることなら護りたい

そして、許されるなら…、とその先を望んでる

 

しかし、一度自分から築いてしまった距離は、どうにも埋めることの出来ないものらしく、授業が終わった後も改善される気配はなかった。
同じ教室にいるのだから、チャンスはいくらでもあったはずなのに、近づくタイミングを計っていても、そのときが訪れれば結局動けずにいるばかり。
自然と視線が合って、声をかけようとすれば、それこそ待ってましたとばかりに彼女がネク君を攫っていく。
逆にネク君に声を掛けられそうになれば、僕は逃げるように姿をくらませてしまう始末。
その度に悲しそうな表情が視界を掠めるから、思わず取って返して抱きしめたくなる衝動を、無理やり押さえ込むのに苦労する。
しかし、面と向かって相対したところで、どうせ仲の良かった友人と喧嘩したとしか思ってないネク君に、何を告げても意味はない。

「あ〜ぁ…どうしたらいいのかな…」

屋上の欄干に寄りかかって、今後の対策を練り始める。
徐々に黒く染まってゆく空を見上げながら、どうにも雲行きの怪しい展開にため息を吐く。
ここへ訪れて早くも3日が終わろうとしている。
何の進展もないどころか、酷くなる心の距離に焦るばかりで気が散って仕方ない。
いっそ何もかもぶちまけてしまえればいいのに、と自暴自棄にさえなってしまいそう。

「気付いてほしいんだけどな…」

 

君が微かに感じてる、僕の本音に
君が戸惑う、本当の僕に
そして、彼女と僕の想いに


いつだってその根底は、君を想う心から来てるのだと気付いてほしい。
彼女が激昂するのは、僕が君の日常を壊しかねないからだと。
僕が君との距離に一喜一憂するのは、僕が君を求めてやまないからだと。
事の全ては君が握っているのだと。

 

「…ごめんね、ネク君…」

君を想って、『逢いたい』と嘆いた夜は数え切れない。
こうして叶った現実に、拍車をかけた願望がどれだけ君を傷つけたことだろう。
再会した日に倒れ、次の日もこの腕の中で苦しげにうずくまっていた姿は、今でも鮮明に思い浮かぶ。
線の細い身体が自分の腕の中にある思ったときは、このまま攫ってしまいたい衝動に駆られるくらい懐かしくて。
苦しげに、それでも無意識に縋る手はあの頃と変わらず温かくて。


――――…君を護りたい


傷つけるだけの存在だと、矛盾を抱えているとわかっていても、これだけは譲れなかった。
僕を受け入れてくれるかどうかはわからない。
だけど、これだけはきっと変わらないのだろう。

 

最悪な現状の中、改めて自覚する決意だけが、今の僕を支えていた。

 

 

 

 

 

* * * *

2008/7/23(Wed)  from memo

夜はヨシュアの反省会(笑)


*新月鏡*