「祈願〜pray〜」

 

 

 

不安定な天候にも拘らず、日差しの強まるこの季節。
浮世だったように色めくのは、きっと昔からの伝承が根深く残っているからだろう。
ずっと壁一枚隔てたような世界で見てきたから、まさか自分がこんな風に乗り気になってしまうとは思いもしなかった。
これはこれで楽しいかもしれない。

「ねぇ、どんな願い事するんだい?」
「な、何でもいいだろ。見るなよ!」

向こうへ行け、と手をひらひらさせて一生懸命隠すのは、笹の葉に混じって揺れる願いの欠片。
顔を少し赤らめて、必死で僕から隠そうとするから、まぁ、何となくわからなくもないのだけれど。
できることなら、僕の予想通りだという確信を持ちたい、と小さな焦りが期待を呼ぶ。
でも追いかけると逃げられてしまうから、同じように手の中にある短冊に祈るような気持ちで言葉を綴った。

 

流れる黒の線は、どこまで僕の気持ちを代弁してくれるだろうか?


そんな気持ちになるのも、きっと彼に出会ったから。
こんな紙切れ一枚に、どれだけ願いを込める人がいるだろう。
また、どれだけその願いが聞き届けられることだろう。

隣でせっせと隠しながら、秘密の願い事を書き綴るネク君に会わなければ、『こんなのただの気休めでしょう?』なんて、ずっと思っていただろう自分に苦笑してしまう。
バカで可哀想な過去の自分。
たった紙切れ一枚で、こんなにも優しくて嬉しい気持ちになれるのに。


――――願ったところで、全てが叶うはずもない


それは、しっかりわかっている。
けれど、それを含めて願いを綴ることが、何より優しい気持ちにさせてくれる。
相手の望むことが叶えば良い、そんなことすら願えてしまう。
この僕が、まさかこんな風に願える日がくるなんて。
ささやかな形で、僕に変化を与えるネク君は、本当に面白くて素敵だ。
あ、これは褒めてるからね?

 

「ネク君は、どこに括り付けたい?」
「ん〜…やっぱり…」

書き終えた満足そうな横顔を確認してから、タイミングを見計らって声を掛けると、視線を上げて指で指し示す。
示された方向を見上げれば、高くしなやかな緑の架け橋が、色とりどりの願いを抱えて伸び上がっている。
涼やかにさわさわと揺れる笹の葉は、心地よい風を呼んで音を奏でて。
そんな音につられるように、指先の角度を辿って行けば、それは腕を伸ばしても届かぬ笹の上部を示していた。

「あそこがいい。高い方が人目につかないし、それに…」
「それに?」
「空に近いほうが、空から見えやすいだろ?」

『そしたら、まぐれでも叶うかも』と少し頬を赤らめて、はにかむように笑うから、僕はたまらず抱きしめてしまって。
気恥ずかしさに硬直したネク君を解放するのに時間が掛かった。
だって、今のは可愛すぎる。
正気に戻ったネク君に慌てて引き剥がされてしまったが、これはこれで助かったかもしれない。
うっかりそのまま我を忘れかねない自分に、噛み殺しきれなかった苦笑が零れた。
そんな僕を他所に、ネク君はいつの間に取ったのか、さっさと自分と僕の短冊を笹の葉に託してしまっていた。
盗み見ようと思っていたのに、僕としたことが。
小さく舌打ちしながらも、嬉しそうに揺れる短冊を見上げるネク君を見ていると、徐々にそんな気持ちも薄れてゆく。

「叶うといいね」

なんて、空言のような言葉さえ、本当になればいいのに、と思えるから不思議。
振り向いた笑顔が、あまりにも幸せそうに見えて。
君が笑っているならそれでいいか、と微笑んでしまう。


――――あぁ、本当に…ネク君に会えてよかった


別次元に、君を知らない自分がいたら、『何が何でも探し出せ』と言ってやりたいくらいだ。
そんな優しい気持ちに陶酔しつつ、願いの柱に背を向けて立ち去ろうとしたとき、そっと手の甲に何かが触れた。
視線を下げてみれば、人ごみの中、珍しくネク君から手の甲を寄せてきてて驚いた。
普段なら、自分から行動を起こさないネク君の精一杯の意思表示に、胸焦がすほどの愛しさが込み上げて仕方ない。
攫うように絡めとって、その手に口づけて。

「…っヨシュア!」
「フフフ…こんなイベントも悪くないね。もう僕の願いは、叶っちゃったみたい」
「えっ?」

顔を真っ赤にして慌てるネク君に、意地の悪い視線を向けて微笑む。
どんなに声を荒げても、どんなに慌てたように振舞っても、この手を離す気は互いにないのだとわかっているから。
もっと、ずっと、こうして手を繋いで、笑い合って、傍にいてくれればそれでいい。
求めることも、求められることも、それからでいい。
底なしの暗い愛情を知る前に、もっと僕のことを好きになって。

「ネク君、好き…大好き」
「…お……」
「何?」
「……っ…俺も、だよ…」

堪えきれずに零れ落ちた『好き』の音に、掻き消えそうなネク君の声が重なる。
耳を澄まして、しっかり聴き取ろうとすると、白い指先が頬を包み込んで。
吐息混じりに囁かれた言葉に、一瞬意識が吹き飛んだ。
近すぎる距離に掠めるようなキスをすれば、小さな気恥ずかしさと共に、まどろむように甘い視線が僕を見つめてくる。
そんな僕らを包む優しい空気が、街の喧騒をシャットアウトしてくれて。

「全く、君には敵わないね」
「…当然だろ?」

降参を示した僕に、ネク君が小さく笑う。
キャットストリートへ向かう歩調は、自然とゆっくりと時間をかけるようになっていて、あれやこれやと些細な会話が後を絶たない。
『夜になったら、一緒に空を見上げて、天の川でも見てみる?』なんて冗談めかしてそう言えば、『じゃぁ何処かで時間を潰そう』と提案してくれる。
いつだって君は、まっすぐ受け止めてくれるから、それが嬉しくて。
そんな何でもない会話をしながら、人の波を渡ってゆく。

 

 

迷わないように

離れないように


手を繋いで

寄り添って

 

振り返れば、変わらず笹の葉は風に揺れて…

 

 

 

『ずっと一緒に、いられますように』

 

数多の願いが 星になる

 

 

 

 

 

 

* * * *

2008/7/7(Mon)

突発七夕SS!
ヨシュネクで甘酸っぱい感じの!
もどかしい感じの!
慌てて即席で書いたので、無修正でごめんなさい。


*新月鏡*