「← Jamais vu 」
ここ最近、ネク君はずっと難しい顔をして俯いていることが多かった。 授業中は勿論、ふと何かに気付いたように眉間にしわを寄せて、机とにらめっこをしている。 今日もそれは実行されてて、授業の内容を流し聴きながら、横目でじっと見つめる。 緊張が切れたように、はぁっと息をついたネク君に、あ、と思ったときにはもう遅くて、運が悪いことに教師に絡まれ始めてしまった。 顔からして性格の歪んでそうな人物で、ねちねちと嘗め回すように言葉を重ねる。 何を勘違いしているのやら。 自分がこの教室の中での法律とでも思っているのだろう、優位に立った気分で鼻を鳴らしている。 こういう奴ってクラスに一人はいるものだけど、まさか教師だとは思わなかったね。 いい加減しつこい教師に嫌気が差して(本心を言えば、謝ってばかりのネク君を見ていられなかったんだけど)、さほど気にしてないような声で皮肉を一つ投げかける。 どうやらズラのことは、クラスの皆も知らなかったことらしい。 よく観察すれば、明らかに違和感があるのだけれど、気付いた人の優しさで守られてたのかな? 顔を真っ赤にして矛先を変えた教師に、ずけずけとものを言えば、相手はぐうの音もでなくなったらしい。 教師って大変な立場だね、なんて同情の欠片もなく肩をすくめて小さくため息を吐く。 終わった事柄に区切りをつけて、ネク君のほうへ視線を戻せば、少々疲れ気味な表情が同じように小さくため息を吐き出していた。 「大丈夫?」と声を掛けても、反応するのに数秒のズレが生じる。 無理をしてるってわかりきってるけど、今の僕には何もしてあげられないんだろうな。 全部忘れてしまった彼をここから連れ出して、想いを告げることすらまだ無理なんだろう。 僕の存在自体が、彼に負担をかけてるみたいだし。 小さく返って来た「大丈夫」という言葉が空々しくて、それに対して何も出来ない自分に対して腹が立った。 けれど、次の瞬間、僕の意識は投げ出された。 「俺一人でも、切り抜けられたのに…」 余計なこと、みたいに言う彼をよく知ってる。 UGでのバトルの後、いつも余計なお世話だと突っかかってきたときの彼のセリフ。 だけど、今目の前にいる彼は、本当にネク君なんだろうか? 知ってる顔、知ってる声、知ってる性格。 なのにどうしてこんな気持ちになるのだろう。 まるで別人のように、懐かしさの欠片も見当たらない。 妙な感覚に頭が麻痺したようにふわふわと意識が宙に浮く。 押し寄せる冷たい波に、全部吐き出したいような衝動に駆られて、押し殺すように唇を噛んだ。
再び視線を上げたときには、少し眉根を寄せたネク君が物言いたげにしていて、僕は慌てて言葉を継いだ。 傍から見れば、完璧なまでの平静を装っているはずなのに、どうしてネク君にはわかってしまうんだろう。 初めて会ったと、思い込んでいるくせに。 ――――あぁもぅ…ホントに君は卑怯だね! 忘れてしまったくせに、気付いてほしい本音には、ちゃんと反応してくれるなんて。 コレを生殺しといわずして、何と表現するのかな。 『前にも言われたことがある』なんて、思わせぶりなセリフ聴かせないで。 欠片も思い出してないくせに、期待させるなんて止めてくれる? 微笑んだまま、叫びそうになる自分を宥めるのに精一杯で、会話の途中でそっぽを向いた。 これ以上は無理。 僕が全てを投げ出してしまう前に、どうか気付くなら気付いて。 そして、 ――――『翻弄するくらいなら、いっそその手で僕を殺して!』
…なんてね。
君が感じるデジャヴ 僕が感じるジャメヴ 交差する空白の場所
さぁ、それが意味するものは?
* * * * 2008/05/27(Tue) from memo 『焦燥と執着の行き先』の続きで、『Deja vu →』と対の話。 ちょっとは進展? むしろこれから(笑) Deja vu <デジャヴ>は、既視感・すでに何処かで見たような感じを抱くこと Jamais vu <ジャメヴ>は、未視感・見慣れているはずなのに、初めて見たように感じること らしいよ!(らしい、かよ;;) *新月鏡* |