「Calling...」

 

 

 

ふわり、ふわり、意識が浮き沈みを繰り返す。

――――『…』

遠くどこかで声がする
オブラートな優しい声
だけどどこか寂しげな声
雑音にまぎれて俺を呼ぶ

歌うように

囁くように

叫ぶように

まるで泣いているみたいに、波紋を広げて呼ぶ声


――――『聴こえてるよ…なぁ、お前は誰だ?』


そう返してみても、どうやら俺の声は届いていないらしい。
独り言を言うみたいに、ぽつりぽつりと俺を呼ぶ声が落ちてくるばかり。
嫌だと思う感じは沸いてこないが、代わりに切り離せない焦燥感があふれ出る。
どうしてもこの声に答えたい。

 

誰なのか、どうして俺の名を呼ぶのか、その理由を知りたくて意識をそれに集中すれば、ずっしりとした重力の重みを感じた。
次第に晴れる五感が伝えるのは、控えめに差し込む日差しと、冷たく固いベッドの感触。
そして、やんわりと包み込まれた手のひらの温かさ。

「…誰…?」
「!…ネク、眼が覚めたのね!よかった…」

朝日のように明るい声が耳元にはじける。
おぼろげな視界を正してみれば、心配げに覗き込んでいるシキの姿が眼に留まって、不安になった。
大丈夫だと伝えたくても、のどに声が詰まったような感覚で上手く声が出ず、代わりに手を動かそうと思えど、鉛のように重く感じられて思うように動けない。
いったいどうしてしまったというのか。

「ネク、覚えてる?…急に倒れちゃったんだよ?」
「…っ」
「あ、無理しないで!後でゆっくり話してくれればいいし…」

上手く声が出ないことをすばやく感じ取り、シキは慌てて両手をぶんぶん振ってそう言うと、ぽんぽんと胸の辺りに手を当てて俺を寝かしつけるそぶりをする。
まるで母親が子供にするみたいで、俺は思わず笑ってしまった。

「悪ぃ…」
「…うん、大丈夫…」

『ネクは私が護るから…』

失いかけた意識に、強く意思を込めた声が追いかけてきた。
凛とした決意の音は心地よく、どうしてそんな言葉を言うのだろうかと思う俺を水底へ沈めるように眠りへと導いてゆく。
シキの俺を呼ぶ声は、先ほどの泡沫の声とは違って芯の通った声なんだな、と思いながら俺は流れに任せて意識を閉じた。

 

 

 

遠い 遠い 記憶の海

遥か深海に沈む歌声

俺を呼び続ける 甘い声

響くように

届くように

ずっと俺を呼んでいる

 

 

――――『知ってる 聴いてる わかってる』


『だけど 俺には 応えられない…』――――

 

 

 

返す声のないことが、俺には何より悲しく思えた

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2008/5/12(Mon)  from memo

『失えない苦痛』の続きで、閑話休題みたいなやつ。
このときは、確かPCが死んでた時期ですね。
ほ、放置しすぎてごめんなさい…orz


*新月鏡*