「聖夜の音が落ちるとき」
クリスマスの日には、サンタクロースがやってきて、いい子にしてた子供たちにプレゼントを配って回る。 なんて、そんなの今じゃ信じてる人を探す方が難しいかもしれない。 心のどこかで『可愛い子供の夢だね』なんてくだらないことだと思いながら、それでも「夢があっていいじゃない」と口ずさむのがセオリー。 俺もその部類の人間で、UGで変わったとはいえ、今更信じるなんて無理な話だった。 「ビイトは信じてるのか?」 「あ?サンタだろ?俺、新しいスケボくれって手紙出したんだぜ!」 同じように信じてないだろうと思って切り出したのに、ビイトが返してきた答えは驚くほど瞬粋なもので驚いた。 そしてそんなキラキラした目で熱く語って聞かされたときに、初めて大人たちの心境を理解した。 ――――可愛い夢だからこそ、守ってやりたくなるのか… 「なるほど…」 「あ〜ぁ、僕もビイトみたいに純粋な夢がもてたらよかったのに」 げんなりと半ば意識の遠のいた目線でビイトを見守っていると、可愛らしい声が恐ろしく冷めたコメントを残していった。 にっこりと微笑んだまま、たぶんUGで知り合った仲間の中で一番その歳に不釣合いな精神の持ち主だろう人、ライムだ。 兄であるはずのビイトの傍で、『サンタさん早く来るといいね』なんてセリフを吐いている。 間違いなく俺と同じ、信じていない部類の人間なだけに、その笑顔が怖かった。
しばらく他愛のない話をして帰路に着けば、心に少しだけ転がる小さな寂しさがくすぐったくて、もう下りてしまった夜の帳に視線を上げた。 キラキラと輝くイルミネーションの波が空の星そのものみたいに街中を染め上げて、光の波に飲まれそう。 たった一人で見て歩くにはもったいない気がして、でも誰と見たいと思っていたかもわからなくて。 「クリスマス、か…」 「よぅ、いい子にしてるか、ネク〜?」 「うわぁっ!!!!」 空を見上げていると、突如黒い影が俺の行く先に現れた。 あまりの突然さに驚いてしりもちをついてしまい、打ち付けた腰が大変痛い。 涙目で痛がる俺に、現れた影は豪快な笑いを吐き出して、起き上がる手助けをしてくれる。 見知ったその影に俺は愕然とせざるをえなかったのだが、誰に良く似たのか、嫌になるくらいの鮮やかさで俺の機嫌は無視された。 「何やってるんですか、羽狛さん」 「何って、サンタだよサ・ン・タ!見てわかるだろ?」 「わかりませんよ!!何でこの世に全身黒尽くめのサンタがいるんですか?!」 「はっはっは!まぁ硬いこというなよ、な!」 ばしばしとまだまだ頼りない俺の背中を叩くのは、コスチュームこそ合っているものの、言葉通り黒色で統一されている無精ひげの自称サンタ。 間違いない、このやる気のなさそうで胡散臭そうな男は、悲しいことに俺の憧れの人だ。 赤と白でコーディネイトされているはずのサンタが、黒と白だというだけで、何だか縁起が悪い気がする。 ついでに悪い予感も注意ではなく警戒レベルだ。 「で、何で羽狛さんが黒いサンタなんてやってるんですか?」 「あぁ、それはな、俺が可愛い子供の夢を守る天使様だからだ!優しいだろう感謝しろ〜!」 全く意味がわからない。 一体どこからサンタと天使が繋がるのか。 そうして半ば呆れつつ混乱していれば、胡散臭そうな黒いサンタは、おもむろに背負った白い袋を下ろしてにやりと笑った。 「いい子にしてたネクに、俺からのプレゼントだ」 「えっ?」 「渡したからな〜。あ、これは俺がいなくなってから開けろよ」 じゃぁな、と気だるげな態度でくるりと踵を返す背中を無意識に追ってみても、心此処にあらずな俺はすぐに見失ってしまった。 戻ってきた場所には置き去りにされた『プレゼント』が一つ、煌く街の中で俺を待っていた。
突っぱねていたのに思わずどきりと胸が高鳴る。 仕方ない、どうしたってあの異様なサンタは自分の憧れて病まないCAT本人なのだから。 そんな人からプレゼントだと聞けば、嬉しくないわけがない。 恐る恐る、高まる緊張を抑えて紐を解こうと試みるが、どうやらよほど緊張してるらしく、思うようにほどけない。 しばらく試行錯誤で挑んでいると。 「あぁもう!ネク君ったらどんくさすぎ!」 「ぎゃぁぁぁあぁぁぁ!!!!」 いきなり『プレゼント』の中から見知った姿が袋を引き裂いて現れたから驚いた。 突然現れただけならまだ良かっただろう。 何を思ったのか、可愛らしくリボンでラッピングされているから拍車をかけて驚愕し、そのあまりの衝撃に、周囲に気を遣うことも忘れて絶叫してしまったくらいだ。 「よ、よ…ヨシュ…」 「ま、結果的に驚いてもらえたからいっか♪」 「なん……え?」 「もぅ、読めない人だなぁ!ネク君へ僕が考えたサプライズ・クリスマス・プレゼントだよ」 「いやいや、何でお前が入ってんだよ!」 「フフフ…照れ隠しなんて可愛い反応してくれるね!頑張って考えたかいがあってよかった」 あぁそうだった、こいつに俺の言葉はオリジナルレンズで屈折して届くんだった。 がっくりと項垂れた俺に、にっこり微笑むアイツはいつもみたく幸せそうで、物を言う気にもなれなくなる。 反応を示さなくなった俺に、ヨシュアは首に巻いたリボンをするりと解いて、俺を包むように解いたリボンを緩くかける。 それほど長くもないリボンは胸元でやんわりと結ばれてゆく。 細くしなやかな白い指の軌跡を追っていると、突然視界が揺れて唇に柔らかなものが触れた。 リボンを結び終えたヨシュアのささやかな意思表示に硬直する。 「メリークリスマス、ネク君」 ――――うわぁ…これは、ヤバイ… いつもの笑顔じゃない、光に溶けるような優しい微笑みに眼が眩む。 吐息が掛かるほどに近い距離で囁かれる聖夜の音。 ヨシュアの触れた場所から、徐々に感覚が麻痺してゆくよう。 きっと頬は真っ赤なんだろうとか、周りにはたくさんの人がいるはずだろうとか、そんなの全部キス一つで吹き飛んでしまってて。 あぁ、やっぱり俺はこいつが好きで仕方ないんだ、と改めて思い知らされてしまえば、苦しいような甘い気持ちがくすぐるように転がって。 「メリー…クリス、マス…」 かろうじて返した声はいびつだったけれど、嬉しそうに笑ってくれればそれだけで嬉しくて。 「きっと…俺のサンタってお前なんだろうな」 って言ったら、不思議な顔をされた。 羽狛さんをサンタに仕立てて、自分はサプライズプレゼント役だったのだから、ヨシュアにしてみれば当たり前の反応で。 だけど。 「サンタって、子供が夢見ていられるように、っている存在だろ?」 「まぁ、夢見てないとサンタは信じれないからね」 「だから俺のサンタはお前なの」 『“一緒に見たい”って夢が、叶ってる』 驚いたように固まるヨシュアを見つめて、どうしようもない想いが込み上げる。 きっと『好き』では表せない優しい想い。
煌くイルミネーションは聖夜の星空。 零れんばかりに溢れる光の渦とメロディーに包まれた街。 誰と見たい? 誰と歩きたい? ホントは気付いていたはずで。
「できたら、もう一つ叶えてほしいんだけど」 想いに溶けそうな微笑で小さくねだる。 俺にだけ甘いヨシュア。 わかってるから我儘になるし、わかってるからどんなヨシュアだって好きになれる。 でも、これはきっとお互い望んでることだろうけど。
――――…Please hold on me tight!
* * * * 2007/12/25(Tue) クリスマスな話 もはや何も言いません メリークリスマス☆ *新月鏡* |