選択肢 -Hiroki side-

 

 

 

たとえばの話は嫌いだ。

もしかしたら、という仮説の上に成り立つ不安など、本当に危惧するに値するのか。
とは言うものの、俺はよくその手のことで思い悩む。
悩みの種は、決まって野分が誰かと一緒にいるのを目撃したとき。
ありえない、と否定したがる心に反して、『もしかしたら』の不安が面を上げてくるのだ。

アイツは選ぼうと思えば、いつだって俺以外を選ぶことが出来る。
それくらい魅力的だし、男前だし、未来性はあるし、おまけに性格よしで非の打ち所がない才色兼備。
俺はアイツしか選べないのに、これほど悔しいことがあるだろうか。
おかげさまで、何度『貴方だけ』という言葉を聴いても、誰かの隣にいる姿を見ればぐらついて仕方ない。

 

「信じ切れないのは、俺に自信がないせいなんだろうな…」

未来の俺は、野分を繋ぎとめていられるほどの人物だとは思えない。
アイツが傍にいて、無条件に甘やかしてもらってないと、何でもかんでも悪い方向へ考えてしまうらしい。
どれだけ俺は野分欠乏症なんだ!
ばしっと心に突っ込みつつ、ぐるぐると悩み続けていると、穏やかな声が俺を呼ぶ。

「ヒロさん?」
「、あぁ…悪ぃ」

呼ばれた声に引き寄せられるように、慌てて視線を引き上げると、半歩先で黒い長身が俺を見つめる。

 

夕日に黒のコントラスト。
太陽を飲み込む夜みたいな奴。
そんな姿にほっと安心してしまうのは、俺の世界がそこにあるとわかるから。
安心できる黒の世界。
俺と、お前と。

 

 

 

「何を考えてるんですか?」

少し不満げに真っ黒な眼を向けてこられて、思わず小さく笑ってしまう。
俺の前だけで見せる子供っぽい仕草が愛しくて。

「さぁ、何だろうな?」

なんて、意地の悪い言葉が、素直な気持ちを押し込める。
そんな俺に、『教えてください』、とまとわりついてくる腕を、嬉しく思いつつも乱暴にあしらって。
まっすぐ受け止められない代わりに、不服そうにしている野分を睨むように見上げた。
そうすればほら、身体全身で俺の動向を待つ体勢に切り替わる。
今まで目にしていた全てを切り離して、俺から発せられるものを何一つ取り落とさないように、先回りして待ってる。


――――…悔しい…


どんなに不安で、どんなに怖がっていても、そうして待っていてくれるコイツを見ると、勝手に心は喜んでしまう。
野分は全然そんなこと、気付きもしないんだろうけど。

「……選ぶなら、俺はもう決まってる、って話だ」
「ヒロさん?」

ぽつり、独り言みたいに零した音に、眼の前の大型犬は黒目をぱちぱちさせながら小首を傾げている。
聴き取ったはいいが、理解はできなかったみたいだ。
ふん…もっと困ればいい

もっと苦しめばいい

もっと不安になって、怖さを知ればいい

そして…

 

――――俺のことでいっぱいになってしまえ…

 

 

 

「俺も、選ぶなら決まってます」
「え?」

ふわり、視線を跳ね上げた端で髪が風に煽られる。
頬を包む温かな手。
優しく乱れた髪に差し入れられ、さらさらと緩やかに滑って。

「もし迷ったら、呼んでください」

キラキラ、夕日に輝く音が鼓膜の奥で響いて、ゆったりと俺を包み込む黒の世界が、両手を広げて待ってて。
本当に悔しすぎる。
困らせようと跳ね除けたはずなのに、見事に返されてしまった。
コイツは、迷ったら『呼べ』と言った。
傍にいて、一緒に過ごしていて、名前を呼ばないときが一度でもあるだろうか。
何も告げることはなくても、この唇は何より大事な音を紡ぐというのに。
あぁ…俺には、もう…選ぶことすらできないらしい。

「………野、分…」
「はい、ヒロさん。…どこにも行かないでくださいね?」

有無を言わさぬ穏やかな声が、心の内側に楔を打ち込む。
『ちゃんと、傍にいろ』、という意思表示。
声も指もこの身全て、目の前に立つ憎らしい存在に絡め取られて。

 

「……ムカつく」
「ヒロさんこそ、俺を試さないで下さい」
「なっ…」

『俺が、気付かなかったとでも?』


小さく笑って、俺の手を攫うコイツは楽しげに見えるから、反論する気すらなくなってしまう。
どうやら俺は、相当に参ってるらしい。
逃げ場を封じられて、何処にもいけなくなったのに。
抵抗する術すら持たず、コイツを選ぶという選択肢しか持てなくなったのに。
嬉しいなんてどうかしてる。

 

「野分!待て、速い!」

追い込まれた雁字搦めの状況に、うっかり酔ってしまいそうになって、慌てて思考を切り替えて叫ぶ。
転びそうになりながら、必死で歩幅の違う足を捌いて追いすがれば、先を行く腕が受け止めてくれて。

「はい、ヒロさん」

抱きとめられた腕の中、見上げた先には変わらぬ微笑。


――――あぁ…終わった…


『たとえば』や『もしかしたら』の不安も、もう必要なくなってしまったようだ。
名を呼ぶ度、にっこり微笑んで呼び返される幸福。
その度に、やっぱり俺は、野分しか選べなくなってゆく。

 

なんて悔しい悪循環

なんて心地よい束縛

 

 

――――だったらお前も、俺に囚われてしまえばいいのに…

 

不意に口をついて出た密かな願いに、野分は『まだ、わからないんですね』とだけ言った。

 

 

 

 

 

* * * *

2008/11/10 (Mon)

…何を書きたかったのか…ワカラナイwwwww
とりあえず、2人してお互いに雁字搦めだったらいいよ、という希望?
元は突発SSだったもの。


新月鏡