詠うように君に囁いて キスを落として たくさんの花を降り注げば 甘い香りに抱かれて 大輪の花のような微笑みが開花する
Gardenia
しんと静まり返った闇夜の中を長身の影が優雅な足取りで歩いていた。 散歩道のように自然に覆われた歩道を、シルエットの良い靴底が一定間隔に打っていく。 道の両脇には綺麗に切りそろえられている木々や花々。 さわさわと鳴る草木の間にぽつりぽつりと白い花弁が浮かび上がって。 その花のおかげで、周りには心地良いほどに甘い香りが立ち込めていて、風が駆ける度に届けられる匂いに眩暈が起こる。 そっと手にとって見れば、より鮮明になる輪郭。 幾重にも花弁を飾って誇らしげに咲く白い花。 「今日の手土産はこれにしましょうか」 小さく笑って上機嫌のまま手折っていく。 あまり先の長くない、完全に開ききってしまった花だけを選りすぐり、次から次へその腕の内へ落とした。 ひとつ落とし、ふたつ落とし、だんだんと強くなる香り。 その香りに酔ったように楽しげに花を手折り続ける。 満足するまで続ければ、腕の中は零れんばかりの花たちで埋め尽くされて。 慣れた手つきで簡単にまとめてしまうと、骸はそれを小脇に抱えて再び歩き出した。 たまにすれ違う人たちが、ものめずらしそうな視線を向けてくるが、そんなことに一々気を留めていられない。 どうせ手の中にある簡易な花束の香りがあまりに甘ったるいせいだと思っていし、何より目的の地を思うだけでそんな些細なことなど簡単に消え失せた。 実際すれ違った者たちが必ず振り返る本当の理由はそのせいだけではないのだが。
見れば誰もが眼を奪われるほどに、圧倒的な魅力を誇る端麗な容姿。 加えて長身痩躯、動作は流麗。 そんな人物が、『春の沈丁花・秋の金木犀』と並び賞されている香り豊かな花を大量に抱えて歩いているのだ。 見ろと言っているようなものだ。 しかし当の本人は目的のことしか頭になく、想像を膨らませてにこやかに微笑んで歩いている。 その笑みすらも恐ろしいくらい人を惑わせる魔性の笑みなのだけれど。
そんな骸の向かう先は、もちろん愛しい想い人の許。 「喜んでくれると良いのですが・・・」 まだ明かりのついている窓をそっと見上げて、小さく不安げに手の中の花束に眼を向けた。 手の中で甘く香る白い花。 さわさわと風に揺れる音は励ましだろうか。 そんな様子に優しく微笑んで再び窓へと視線を移すと、とん、と軽く地を蹴って塀の上へと降り立つ。 続いて窓際の屋根の上へと音もなく飛び移り、2,3度窓にノックをして暫し待ってみる。 数拍の間を取った後、慌しい音と共にがらりと明ける視界。 「こんばんは」 にっこり微笑んで真夜中の挨拶をすれば、複雑そうなそれでも幾分嬉しそうな表情に『こんばんは』と返された。 「毎晩毎晩、どうして窓からやってくるんだよ・・・」 玄関から入って来いよ、と文句を口にしながらも、しっかり靴を脱がせて部屋へ招き入れている。 「そうですね〜、でもお母様にご迷惑が掛かるでしょう?無駄な心配はさせたくありません」 「そんなの気にしなくても・・・」 「君は良くてもお母様はどうでしょうね?」 いくら大人びて見える骸でも一応は中学生である。 こう毎晩訪れれば確かに母親は心配するかもしれない。 彼なりの配慮なのだと思う反面、無駄な心配、というセリフに綱吉はちくりと胸が痛んだ。 骸には、心配し気にかけてくれる者などいないのだと、そう言い切られた気がして。 「どうかしましたか?」 ベッドに腰掛けて神妙な顔をしている綱吉に、骸は小首を傾げて覗き込む。 相変わらず綺麗な異色の眼をしてるなぁと思いながら、あまりの顔の近さに頬に朱が奔る。 「ん、いや、別に!・・・それよりこの甘ったるい匂い、何?」 「あぁ、そうでした、君にあげようと思いまして」 ぽん、と手を叩いて後ろ手でこそこそと何かをしているかと思えば、いきなり頭上から白いものが大量にばら撒かれた。 「煤H!」 驚いて身を硬くしていると、眼の前では骸が楽しそうに独特な口調で笑っている。 はっと意識を戻して周りを見渡せば、ベッドの上に散乱する見事な白の欠片。 甘い香りを放つ八重の花弁。 散り散りになった欠片さえ、むせ返るような香りを抱いて。 ベッドに無作為に飾り散らされる花々。 花を与えられて喜ぶ男はいないだろうが、綱吉は綺麗だと感じた。 このあと盛大に散りばめられた花弁を拾い集めて処理しなければならない、ということをわかっていながら、それでもこうして楽しそうに笑う骸を見ていればそれだけで嬉しく思うのだ。 「これ、どうしたの?」 「道の途中に咲いてたので、思わず摘んで来てしまいました」 「え、いいの?」 「さぁ?」 変なところで常識のなさを見せる骸。 にっこり笑ったまま、でも綺麗だったので、と何でもないように言ってのける。 今に始まったことではないが、いつかわからせなければならないことだと綱吉は小さく頭を抱えた。 「・・・まぁ、うん、ありがとう」 「喜んでいただけてよかったです」 しかしいつもこうして先延ばしにしてしまうのは、骸がホントに嬉しそうな顔をするから。 甘いなぁと思いながらもやっぱりそんな表情が可愛らしく見えて。 照れ隠しに散らばった花を拾い上げて香りを楽しめば、くらりと眩暈を覚えるような甘さに包まれて。
「っ・・・骸?」 いきなりふっと翳った視界に視線を上げれば、鼻先が触れるほど間近に骸の端整な顔があるから驚いた。 そっと花を持った手を添えるように掴まれて、軽く触れるだけのキスが交わされる。 「この花は日本名をクチナシと言うそうです」 吐息に混じりに語られる声にうっとりと聴き入る。 ただでさえ普段からこの低く響く声色に甘さを覚えているのに、こんな惑わすような香りに抱かれて囁かれる声は一層色を秘めて聴こえて。 「君は、花言葉というものを知っていますか?」 「う、ん・・・花に何か、意味みたいなのがあるってやつだろ?」 「はい」 「このクチナシだっけ?・・・俺、花言葉は知らないんだけど」 困ったように眉根を寄せる綱吉に、骸は小さく笑う。 そっと額から頬のラインをなでるように指で辿り、包み込むように頬に手を添える。 ちゅっと音を立てて寄せられた眉根にキスをすれば、驚いたように見開かれる大きな瞳。 そんな変化に満足すれば、自然と空気も甘くなって。 「知りたいですか?」 「・・・ここまで来たら、気になるじゃん」 じっと至近距離で見つめられて、綱吉は照れたようにそわそわと視線を泳がせる。 ――――うわぁぁぁ・・・顔近いよ、骸っ! 逸る鼓動がうるさいくらいで、きっと顔が真っ赤になってると思うくらいに熱が篭って仕方ない。 落ち着けと何度言い聞かせても効果はなくて。 もはや花言葉どころではなくなってる。 しかし原因の骸といえば、そんな綱吉の動揺など知る由もなく、心底楽しげに笑っているばかりだ。 「では綱吉君、簡単な英語の問題です」 「は?」 「“I’m so happy” の日本語訳は?」
その唐突さも その内容も その問題の解答も 何もかもが綱吉を硬直させた。 ホントにいきなりで、突飛で、ストレート。 あまりのストレートさにすぐさま答えにたどり着いて、綱吉は返す言葉に思いっきり詰まった。 「答えは?」 ――――うぅ・・・意地悪だ・・・ 真っ赤に染まった顔と、ぎゅっと裾を握り締める手を見ればわかっているのは一目瞭然。 それでも期待に満ちた眼で見つめてくるから。 「・・・俺も、そうだよ・・・」 苦し紛れに聴き取れたかも怪しいほどか細い声でそう告げた。 そんな答え、恥ずかしすぎて言えたものではない。 擦り寄るようにぎゅっと抱きしめられて、嬉しいです、と囁かれてしまえば簡単に落ちてしまうのだけれど。
春の沈丁花 秋の金木犀 そして夏の梔子 甘く香る花々に込められた、言葉にできない秘めた想い
――――私はあまりにも幸せです
* * * * 2007/03/03 (Sat) 再び甘ったるい雰囲気全開ですみません、何このバカップル! 梔子の花はものすっごく甘い香りなんで、いつもこの花が咲く頃、あまりの甘さに酔ってしまいそうになります。 金木犀はそうでもないんですが、この花はどうもこう・・・くらっと。 今回イメージとして使ったクチナシは実をつけない八重咲きの花です。 しかし、クチナシのカットが意外にないもので、白薔薇の画像に・・・; まぁ実際、もったり薔薇のように咲くので別にいいかな、と。 ぶっちゃけ、骸さんに甘ったるい花をばら撒いてほしかったから題材にしたので悔いなし☆ 新月鏡
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