恋の花

 

 

 

「貴方が好きです!」

 

恋の季節になると、決まってそんなセリフが飛び交う。

朝の登校から辺りには殺伐とした空気がひしめき合ってて。
下駄箱で靴を履き替えていればところどころで物が落ちる音やらざわめきやら嘆きやらが溢れ返って。
お昼頃になれば、勝者と敗者が明らかになってきたり。
いきなり甘ったるい空気を作り出すカップルが続出したり。

全くそんなイベントと縁のない自分は、『またか・・・』とげんなりしつつ、しょげてしまったりするから情けなさが増大だ。

 

しかし今の俺にはそんな心の余裕なんてこれっぽっちも存在しなかった。

何で?
そんなの訊かなくたってわかりきってる。

ちょっぴり嬉しくなるほどに下校の時間を楽しみにしてて、やっと帰れると慌てて向かった下足ロッカーの前。
ちらっと校門を盗み見れば見知った姿が眼に留まって、再び嬉しさがこみ上げて。
早く、と思ってた矢先、可愛らしい声がそう言うのを聴いて驚いた。

 

『貴方が好きです』

小さな包みを前に差し出し、震える身体を叱咤して、一生懸命の告白。
傍から見ればそれはとても健気で可愛らしく映るのに、そのときの俺はどうしてもそう見れなかった。
理由は、相手が俺の待ち人だから。


ねぇ、どうするの?

その告白にどう答えるの?

待って・・・や・・・

 

「っ・・・やっぱ無理っ!」

叫びに似た強さでそれだけ吐き捨てると、俺は校門とは逆の方向へと駆け出してしまった。

見てられない
これ以上は見たくない

我ながら情けなくて嫌になる
脱兎のように駆け出す俺に、山本の声がかかった気がしたけど、振り返るなんて出来なかった。
絶対今の俺は泣きそうな顔をしてるに違いないからだ。
猛スピードで校舎裏の細い道へと駆け込んで、壁と木々とに挟み込まれる形のこじんまりとしたスペースに腰を下ろす。

 

膝を抱え込むように座り込んで、ぐっと顔を埋める。

どれだけ振り払っても、思い返すのはあいつのこと。

俺を待ち続ける人、六道骸。

 

最初はただ向こうが一方的に待ってて、帰りもずっとついてきてただけ。
勿論、一緒に帰ってた獄寺君とはものすっごい殺気めいた会話をしてくれるから、俺が必死で止めたりしなきゃならなくて。
ずっとそれが続くから、もうこんなの嫌だ、と何度思ったことだろう。
それでも諦めというものを知らないように、変わらず現れてくれちゃうものだから、もういいやとこっちが折れて。

その頃からだ、自分があいつを嫌いじゃないと思い始めてたのは。
そりゃ、乱闘だとか物騒な話だとかはごめんだけど、実際俺と二人だけで帰るときは、何でもない些細なことしか話さない。
今日は空の色が綺麗だとか、昨日は公園で子供が何して遊んでただとか、もうすぐ春が来て暖かくなっていくんだろうな、とか。
ホントにホントに些細なことばかり。

そんな会話をしてたら、俺があいつ自身を嫌う要因なんて一つもなかったことを思い知った。
怖かったけど、嫌いじゃなかった・・・むしろ、放って置けなくなってた。
途中で気付いたことだけど、意外と子供っぽいから。

「すぐ拗ねるし、意地悪だし、捻くれてるし・・・でも、ちゃんと眼を見て話してくれるんだよね・・・」

どんなに機嫌を損ねても、視線を逸らすことはなくて。

 

それを彼女は・・・あの告白していた女の子は知っているんだろうか。
外見以上に扱いづらい性格を持ってること。
それにしても、逃げ出してきてしまったあの後は、いったいどうなったんだろう。
連鎖的に気になりだしてきて、そわそわと左右を見渡す。

落ち着かない。

 

可愛らしい女の子から、この2月14日の日に、小さな包みと告白を受けて、あいつはあの後どうしたのだろうか。
あの同じ中学生なのかと疑いたくなるような美貌を誇り、その期待を裏切らない外面の良さを思えば、もしかしたら・・・

『クフフ、ありがとうございます、君のその気持ちは受け取らせていただきますよ』

なんて、あっさり言ってるのかもしれない。
しかも断るのもアレだから、とか言ってしっかりあの小さな包みを受け取ったりして。
仕舞いには、紳士的態度で手の甲にキスなんてして。

 

「・・・」

想像だけで心が軋んだ。

痛い、痛すぎる・・・なんだこれ。

胸の奥が酷く痛んで、勝手に涙は出てくるし、息苦しいくらいに呼吸が上手くいかないし。
堪えきれない嗚咽はぽろぽろと口端から絶えず漏れて。

「っ・・・い、やだ、・・・」

ぐずぐずと情けない声を上げて、誰もいない場所でたった独り。
弱々しい俺の声だけがずっと嘆いてる。

わけがわからなくて

寂しくて

恋しくて

 

「・・・骸っ・・・」

 

・・・ん?・・・恋しい?

 

 

「はい、何でしょう?」

――――へ?

「っな?!なんでここにいるんだお前っ!」

ついっと見上げればにこやかに微笑む骸の姿。
驚く俺は傍から見れば面白おかしいと思うくらいの勢いで、背後の壁に貼りつく。
急に現れたその姿に、どうしようもないくらい混乱した。
だって今、すっごい情けない顔してるだろうし、心がものすごく弱くなってる。

しかもさっき、何かありえないことに思い至ったんだけど・・・。

 

「おや?泣いてるんですか?」
「な、泣いてなっ・・・」

小首を傾げてわざとらしく訊ねてくるから、かっと顔が赤くなる。
そんな悔しさをバネに声を荒げて言い返そうとすれば、すいっと優しく目尻をなぞり上げられる。

 

細くて長い指先が何度も雫を拭い去って。
単調で、優しくて、それを想うだけで堰を切ったように涙は落ちて。
これではキリがありません、と小さく囁く声すら、俺の嗚咽に混じってしまって。

「仕方ないですね・・・」

ふぅ、とため息をつくものだから、呆れられたかなと悲しくなったのも束の間。
絡めるように腕をとられて引っ張られ、気づけば骸に抱きしめられていた。
優しく相手の体温に包まれて、張り詰めていたもの全部包み込まれた感覚に陥る。

「・・・骸?」
「泣きなさい」
「え?」

唐突に、それでも柔らかい声色が俺に命令を下してくる。
反射的に見上げれば、眼の眩むような異色の双眸が穏やかに見つめ返してきて。

「後で全部聴いてあげます、理由も経緯も思うことも全て・・・」

だから、泣いてしまいなさい

 

不意に与えられた許可に、俺の視界に映る綺麗な顔が涙で滲む。

成長するにつれていつの間にか自分で戒めていてたそれ。

誰かの前で泣くこと。
堪える、なんてことをせずに手放しに泣くこと。
弱さを見せること。

それをこいつは、全て受け止めてあげるから、と囁いてくれる。

 

次から次へと溢れる涙。
涸れることを知らないように頬を滑り落ちていって、抱きしめてくれる骸の衣服に染み込んでいく。
唇から漏れるくぐもった声すら護るように優しく抱きしめられたまま、俺は泣き続けた。

 

 

 

 

 

「おさまりましたか?」
「・・・ん」

どれほど経っただろう。
俺がずっと泣いてる間、こいつは飽きもせずに約束どおり抱きしめ続けてくれた。
変なところで律儀なやつだと思う。

 

「よかった、やっぱり効果はあるんですね〜」
「何の話?」

いまだ少しぐずついている俺をやっぱり抱きしめたまま、骸が嬉しそうにそう言ったので問いかけてみた。
答えてくれないかも、と思っていたがあっさりと答えて返されることに少し驚いてしまった。

 

「誰かに抱きしめられると気が緩んで一層泣いてしまうって話です」
「そうなの?」
「らしいですよ?にしても、綱吉君はホントに泣き顔が可愛らしいですね、余計に泣かせたくなります」
「だからやったの?!」

感謝して損した気分だ。
そりゃ、あんな優しく言葉かけられて、全部聴いてやるって、泣いてもいいよって言ってくれた時にはすっごく気が緩んだけどさ。
しかも迷惑かけたなとか、恥ずかしいなとか思い始めて、あぁでもやっぱりありがとうって言わなきゃって思ってた矢先にぶち壊し発言とか・・・。
ホントこいつ掴めない。

 

「でも・・・」
「今度は何?」

まだ続きがあるのかとげんなりしてる俺に、こいつは変わらない柔らかな表情をしたまま告げてくる。

「悲しいことは涙で流しきれたんですね」

 

ほっと安堵するように笑うから
優しくて甘い声が俺を包むから

どうしようもなく胸が締め付けられる。
まるでさっきの状況に逆戻りだ。

 

「・・・骸」
「何ですか?」

いまだ嬉しそうな顔を正面から見据えれなくて、まだ抱きしめられてることをいいことに、俺はぐっと骸の胸に額を押し当てて俯く。
思い出したなら、問わねばならない。
聴きたくないと逃げるなら、さっきと同じことを繰り返すだけだから。

「女の子に・・・何て返事したの?」

中身は全部省略してやった。
これ以上の言葉が口から出ないと言った方が正解に近いのだが。

「見てたんですか?」

幾分明るさを失った声が頭上に降りかかる。
そんな変化にすら俺の心は敏感に反応して、ぎしぎしと音を立てて軋み続けて。
答えを待つこの一瞬一瞬ですら、いっそ剣でズタズタに突き刺されてしまった方が楽だと感じるくらいだ。

 

「・・・僕は、自惚れてもいいのでしょうか」
「は?」

ずっと胸を痛めながら待っていた返答が思わぬ言葉だったので、俺は思わず視線を上げてしまった。
かち合った瞳は相変わらず綺麗で。
これまた相変わらず逸らされることなく、しっかりと俺を見つめ続けて。
そっと耳元に唇が寄せられて、色を帯びた声が耳朶を撫でる。

 

「もしや・・・さっき君が泣いていたのは、そのせいですか?」

 

 

「っ・・・!」

囁く声の近さと囁かれた言葉の内容に、俺は頬を一気に染めた。

何もかもがバレてる。
たった一つの質問で、全部こいつは悟ったらしい。
自惚れてもいいですかって、分かって言ってるんじゃん!

もうここまで来たら、自分がどう思ってるかなんて馬鹿な俺ですらさすがに気づく。
もう抗うには手遅れすぎるくらい。

 

「っそうだよ・・・俺はお前が好きだよ!女の子がお前に告白してるの見ただけでずっと苦しくて、嫌だって思ってて・・・お前が来てくれた時はホントに嬉しくて・・・変だろ?好きなだけ笑えば?!」

投げやりに吐き捨てて、俯いたままどんっと相手の胸を押しやった。
数歩の距離があっという間にできて、触れてた分、余計に吹き付ける風が冷たくて。

ヤバイ、また泣きそうだ

 

「・・・そうですね、思わず顔が笑ってはしまいますね」

そんな言葉にズキっと再び痛みが戻る。
普通考えれば同性だし、こいつならともかく俺には何にもとりえないし、ダメなところばっかりだ。
でも、骸に・・・本人にそう告げられると、予想以上の衝撃が襲い掛かってくる。

立ってるのですらやっとなんだ。
あと一度、何でもいい、何か一言告げるだけで俺は・・・このまま崩れ落ちてしまいそうで。

先を知りたくなくて、渾身の力を振り絞って、再び逃げ出そうと踵を返して走り出す。

 

「あ、待ってください!」

静止の声がかかるが、そんなもの気にしていられない。


もう耐えられそうにないんだ
想いだけが溢れて、溢れて、溢れて・・・想いに押し潰されそう

放っておいて

惨めで仕方ないから

悲しくて、つらくて、苦しいから

どうか俺をこのまま見逃がして・・・

 

 

 

「人の話は最後まで聴くものですよ、綱吉君?」
「うわぁっ!」

俯いたまま走っていた俺の前にあっさりその姿は現れるから、走る勢いそのままに、俺は幻のように現れた骸に雪崩れ込んだ。
しかし、想像する痛みは皆無で、ぎゅっと瞑った眼をそろりと開ければ、柔らかな微笑みが映し出される。
抱き込まれる形で骸に重なる俺と、明らかに俺を庇って下敷きになってる骸。

 

「全く馬鹿ですね、君は・・・ちゃんと僕の話を聴いてましたか?」

こんなにも涙を溜めて、傷つくことは無意味ですよ

頬に手を添えてそう骸は言ってくる。
自身に整理のつかない俺はただ混乱するばかりで、言葉の意味なんて理解できるわけがないのに。
ぷいっと顔を背ければ、おやおや、といつもの調子な反応。
それがあまりにも気に喰わなくて、それ以上に自分がやっぱり情けなくて唇を噛みしめる。

 

「君に『もしも』の質問する前に、僕が何と言ったか覚えてますか?」
「そんなのもう忘れた!」

一向に視線を合わせない俺に構わず、骸はゆっくりと諭すように問うてくる。
一方苛立ちと惨めさでいっぱいいっぱいの俺は、思い出したくもない苦い過去を掘り返すことを投げ出した。
そのため投げつけるような声が出てしまうが、気にする余裕すら俺にはなかった。

 

「僕は、『自惚れてもいいのでしょうか?』と言ったんです」
「だったら何?」
「・・・まだ分かりませんか?」

もうこいつの言ってることは遠まわしすぎて一々考えていられない。
さっさと逃げ出したくても、しっかりと抱き込まれているから逃げる術すらない。
それより、どうしてこいつが俺を引き止めたりするのか理解できない。
馬鹿な俺なんて放っておけば良いのに・・・。

 

「君は何に対しての自惚れだと思ったんです?」
「知らないよ!」

もう本当に放っておいて・・・

「僕は、君が彼女に嫉妬してくれてるのかもしれないと・・・僕を好きなのかもしれないと、思ったんです」
「そ・・・?」

それで?とぶっきら棒に答えるはずだった言葉は見事拡散した。
慌てて振り返れば、やっとこっちを向きましたね、と二色の瞳が輝きを増す。

 

「嘘だっ・・・だって・・・お前、笑っちゃうって・・・」
「えぇ、笑うでしょうね・・・嬉しすぎて」

何それ。

一人傷ついて逃げてた俺って何なの?
もしかしてすっごく馬鹿らしくない?

 

「・・・つまり、どういうこと?」
「ですから、僕と綱吉君は両想いということですね」

・・・ホントに馬鹿らしい・・・

脱力のあまり、俺は骸の上に沈んだ。

 

 

 

 

 

「で、結局あの子に何て返したんだよ、お前?」

とりあえず決着のついた心の騒動に、少し気恥ずかしさの余韻を残して、俺は小さく骸に問いかけた。
二度目の同じ疑問。
先ほどよりずっと軽くはなったものの、やっぱり何処か不安になるのは俺が弱いせいなのかな?

「まだ気にしてるんですか?」
「・・・だって・・・」

僕がどう想ってるかわかったのに、それでもまだ信じられませんか?と微かに悲しげな色を帯びて返されて、俺はどきりと心が跳ねるのを感じた。
こいつの一喜一憂にこんなにも簡単に反応してしまう。

もう俺完全に末期だ・・・。

 

そうやって項垂れていると、急にくしゃくしゃと髪を撫で回されたので、今度は身体の方が跳ね上がる。

「む、骸っ!」
「心配しなくても、ちゃんと断りましたよ」

――――僕には誰より想う人がいるので、貴女には応えられません

「と、もちろん君のことですが」

軽く言ってのけられるが、たったそれだけで顔に熱が溜まってくるのがわかる。
耳まで赤くなってるんじゃないかと思うくらいに、くらくらと熱が駆け巡って。
悔しいけど嬉しくて、ホントに俺はこいつが好きなんだと改めて思い知る。

 

「綱吉君」

呼びかけられれば、つられるように視線が絡まり合う。

ついっと互いの指さえ絡め合って
惹きつける引力に従って交わすキス
柔らかな体温が溶け合った後、名残惜しそうに去っていけば、寂しさとどうしようもないくらいの嬉しさで満たされて

「可愛いですね」
「っ・・・からかうなよ」

息を呑むほどの妖艶な笑みを浮かべて、誘うような甘い声色で骸が囁いてくる。

心地よい低音にうっとりと眼を細めながら、けれどやっぱり恥ずかしくて色気のない言葉を返してしまう。
そんな態度に、素直になれないのはどっちだ、と自分で毒づいたり。

 

「骸、さっきの・・・もう一回」

でも、やっぱり名残惜しくて、顔を真っ赤にして俯いたままぎゅっと服の裾を掴んで、精一杯の誘い文句。
骸は、そんな俺に少しだけ驚いたように眼を見開いて、それでも穏やかに微笑んでくれる。
だから俺も嬉しくなって笑う。

 

こんなに甘ったるい日なんて初めて。
それが幸せだと感じるのも初めて。

「仰せのままに」

返される言葉に、これほど満たされるのも初めて。

そしてまた、この時初めて俺は思う。

 

2月14日のイベントも、悪くはない。

 

 

命短し恋せよ乙女

捧ぐ恋こそ儚けれ

咲かせ召しませ恋の花

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/02/02 (Fri)

初めてバレンタインネタを書きました。
初めてが骸ツナ・・・なんか衝撃的。
さて、乙女な歌は我が家にそんなにないので、タイトルの曲をエンドレスリピで聴いて書いてました。
最後の一文がモロですね★
今回はベタで甘くと思ってたのですがどうでしょう?
誰か砂を吐いてくれれば大成功なのですが(笑)


新月鏡