憂いた眼差し。
すらっと伸びた指先。
見るもの全てを魅了する人物は、面白くなさそうに机の端に腰掛けて、優雅に組まれた片足を空でふらつかせていた。
そんな仕草があまりにも様になりすぎて、しばらく手を休めて魅入ってしまう。
時など存在しないかのように、静寂だけが響いて。
夢幻かのような穏やかさが広がる。

が、


「あぁ、暇ですね」

そんな一言で吹き飛んだ。

 

 

Brightly

 

 

「だったらどうして仕事放って逃げるかなぁ・・・ねぇ、骸?」

胸に沸々と沸き起こる苛立ちに駆られて、それでも抑えようとした努力のおかげか、思ったより穏やかな声が出た。
彼は、何だかんだ理由をつけては、課せられた仕事を放り出してどこかへ姿をくらませる。

面白くない
気に喰わない
気分じゃない

そう言って逃げるくせに、結局こうして戻ってきたりする。
全く以って彼の考えることはよく分からない。

「逃げる?嫌ですねぇ、別に逃げたわけじゃありませんよ、綱吉君」
「だったら何だって言うんだ」

止めたままの手の活動を再開させながら義務的な疑問を返せば、面白くないといった表情で見下ろしてくる双眸の視線を感じた。

「僕じゃなくても出来ることでしょう?だったら誰がやったっていいじゃないですか」
「そうですね、だから骸がやってもいいわけだ」

ペンで書き綴られる言葉の羅列が、さらさらと音を立てて時の律動を刻み付ける。

「僕だけにしか出来ない、と他でもない君が言うなら・・・受けましょう?」

ほらまたわけのわからない屁理屈を。
たまらずため息を吐き出せば、彼特有の笑い声が耳に響く。
その声が不覚にも楽しそうに聴こえるものだから、むっとした表情を向けようと思っていたのに、視線が絡まる頃にはすっかり解けてしまっていた。

 

――――どうしてこの人はこんな性格なんだろう?

楽しげに細められた双眸を呆れたように見つめ返したまま思う。

外見だけ見れば、それはそれは綺麗で、同じ男としては理不尽さを感じざるを得ない。
仕草は流れるように優雅で、口端を少し引き上げ笑むだけでも圧倒的な魅力を誇り、たとえようもないほどの色気があるのだ。
さらに加えて、狙ってるのかそうでないのかよくわからない口説き文句のようなセリフの数々。

そんな彼からほのめかすようなセリフと行動でもされれば、大概の女性は簡単に墜ちるだろう。
だが、神は二物を与えない、という言葉通り、この人の場合は性格がその美貌をぶち壊しにしてる。

――――これで性格良かったら詐欺だ・・・ナイス神様!

どれほど格好良かろうが、その後に判明する性格の悪さに結局全員が逃げ去ってゆくのだ。
そして彼もまた、追いかけるでもなく、最初から興味がないようにあっさりと逃がしてしまう。
まるで遊んでいたおもちゃに飽きた、とでもいわんばかりにあっさりと。

 

 

――――骸って子供みたい・・・

「クフフフ、そう見えますか?」

降ってくる声に意識を戻せば、話題の彼がくすぐったそうに笑う。

「はいはい、そう見えますよ、だから心を読まないで下さい」
「おや、とんだ言いがかりですね」

少し拗ねたように眉根を寄せた彼は、気を抜くとすぐに人の心中を読み解こうとしてくる。

 

何がそんなに不安なの?
腹心を知らないと、それほどまでに安心できない?
いったいどうすれば、貴方は安らぐの?

訊きたいことは尽きることなく溢れてくるけれど、決して思考に上らせない、まして口になど出来るはずがない。
子供みたいな彼だからこそ、自分にとっては些細な疑問が、彼にとっての鋭利な刃になる。
苛立つほどに扱いづらい人物であることは確かだが、決して傷つけるわけにはいかない。
何処までも強く儚い人だから、一度でもこのつながりを失えば、二度とこの手に捕らえることは出来なくなる。

 

 

 

「で、どうして今回は消えたんだ?」

これ以上話題の方向がズレてうやむやになれば彼の思うツボだ、と無理やり方向転換を仕掛ける。
急に振られて彼は一瞬きょとんとしたように小首を傾げたが、すぐに理解を示すと「そうですねぇ・・・」と言って顎に手を添え考え始めた。
そんな何気ない小さな仕草がいちいち子供っぽく見えて、自然と頬が緩む。

「・・・何ですか?」
「別に何も?」

しかし、小さな変化に目敏く気付くあたり、そう易々と気を抜けないと思い知る。

 

「まぁいいでしょう・・・で、そのことですけれど・・・僕が行方をくらますのは、今に始まったことじゃないと知ってますよね?」
「知ってるよ」

今更だ。
何回と考えるのが億劫になるほどに繰り返されているのだから。
訊きたいのはそんなことじゃなくて、その理由。
逃げては戻って逃げては戻って逃げては戻って逃げては戻って逃げては戻って・・・。
どうして逃げたいと思うほどの気持ちを抱えながら、飽きもせず毎回戻ってくるのか。

 

「・・・色が、ね」
「?」


色がないんですよ


たった一言、彼はそう小さく苦笑交じりに言葉を落とした。
そう言うと同時に、色違いの瞳が悲しげに揺れるものだから、たまらなく胸が締め付けられて。
低く響く声色に、心臓を打ち抜かれたような衝撃が奔る。

 

「し、色彩認知できないの?」

しかし、言葉に詰まって苦し紛れに出た問いは全くの見当外れの問いで、俺は思わず机に頭を打ち付けて隠れてしまいたくなった。
耳まで赤くなってる気がするほどの熱が駆け巡る。
いつもなら茶化してくる彼の言葉も全くなくて、恥ずかしさのあまりうつむいてしまって。
そんな中しばらく続く気まずい空白に居た堪れなくなって、恐る恐る彼がいる場所を見上げれば、彼は顔を背けていた。

「む、骸・・・?」

どうしたんだろう?と駆られた不安に、口が勝手に彼の名を呼ぶ。

――――気に喰わないことでも言った?

おろおろと自分を顧みていると、次第に彼の肩が震え出し、仕舞いには心配している自分を他所に盛大に高笑いをしてのけた。

「な、な・・・え、何で・・・?!」
「クハハハハ!君は本当に面白いことを言ってくれる!」
「なっ・・・色がないって言ったじゃないか!」

こっちがうろたえているのをいいことに、心底楽しそうに笑ってみせる。
その笑顔にかっと頬を染めて、恥ずかしさを誤魔化すように文句を投げつけてやったが、相も変わらず彼には何の効果も得られない。
それどころか一層肩を震わせて笑うものだから、居た堪れなくなって睨みつけたが、これまた効果を発揮しない。

 

いつまでも笑い続ける彼に小さな苛立ちを覚えながら、それでも何故か憎めないでいる自分に苦笑する。
己の甘さのせいだけではない、靄の掛かった暖かな気持ちがくすぐるように転がって。

――――どうかしてる・・・

彼が笑ってるならまぁいいか、と思えてしまうあたり重症だ。

 

 

 

「色がない、というのは喩えみたいなものですよ」

彼は、ひとしきり笑い終えて収めると、いつもの澄ました表情に摩り替えて、ふっと息を吐いて言葉を紡ぎ始める。
引っ込んだ笑顔に少しもったいないと思いながらも、紡がれる声に耳を傾ける。
もはや机の上の書類などあってないような存在で、ペンを操る手もしっかり停止してしまっていた。
完全に彼の声と眼差しに意識を奪われて。

「何を見ても、何をしても、全てが味気なくて色味もない・・・本当に何処にいたってそればかりでは嫌にもなります」

 

与えられた仕事をそつなくこなす間も
眼を焼くほどの綺麗な夕日が沈むときも
気に喰わない者たちを葬るときも
気分転換にと明るい夜の街を歩いたときも

全く面白くもなんともないんです、と洞を抱いた眼が告げる。

 

「・・・骸」

救いを求めるように視線を向けられても、どう言葉を返せばいいかわからなかった。
想う気持ちばかりが溢れて、溢れて、まるで洪水のように翻弄していくだけ。


あぁ、なんて悲痛な色を纏うんだろう
なんて悲しいことを言うんだろう
あまりに深くて暗い痛みを独り抱えるのは、どれほどつらいことだろう

――――可哀想な人 何も知らずに 色さえ奪われて・・・

 

「・・・つ、なよし・・・君?」

幾分動揺した声が鼓膜をくすぐって、呑まれていた意識を呼び戻せば、己が手はしっかりと彼の手を握り締めていた。
無意識の行動に少々驚きつつも、決心したように唇を引き締めて、まっすぐ見つめる。

「俺が色を作る」

瞬間、大きく見開かれた瞳。
そんな彼の動揺など構わずに腕を伸ばし首に絡め、引っ張られて自然と傾く頭を、その背を、ぎゅっと抱き締めて言葉を注ぐ。

「色がないなら俺が色を注す」

どうこの言葉を受け取って、どう思っているのかは知らない。
けれど言わずにはいられない。

「お前にとって憎しみだけに彩られた世界でも諦めたりしないで・・・世界にはまだお前の知らない綺麗な場所だってきっとあるから」

俺がそんな景色を見せてあげるから


しっかりと伝えたくて、ゆっくり噛み締めるように語り掛ければ、そっと息が詰まるほどに抱きしめ返された。
縋りつく子供みたいに、それでも全部奪い去るようにきつく掻き抱かれて。
苦しいくらいに溢れる感情が胸を締め付けるのに、それがあまりにも嬉しくて目頭が熱くなる。

 

「・・・そうですね、君が僕の傍にいればいい」

首筋に掛かる吐息に心が跳ねて、届けられる言葉に耳を疑う。
戸惑ってすっと手を引けば、互いの鼻先が触れるか触れないかの至近距離に異なる瞳が揺れる。
澄んだサファイアと熱を秘めたルビーのような双眸が、息を呑む美しさで、覗き込む自分を映し出していた。

「綱吉君・・・君だけなんです」

――――鮮やかな景色を見るときは、君が傍にいるときだけなんです

「え・・・?」

真摯に告げる唇は、優しく頬に触れて去っていった。

「色褪せた世界に色を注すのは、いつも君だけ」

 

くすんだ色の世界に愛想をつかして
何処か遠くへ行けば何か変わるかもしれないと、ただそれだけを想って歩き続けて
けれど結局何も変わらなくて
探すのを諦めた頃、気付けば君の姿を追っていて

 

そして、君から掛けられる何気ない言葉が
屈託無い笑顔が
向けられる強い眼差しが
その全てが次第に色を塗り替えるんです
黒く覆われたこの眼の闇を
華やかに咲く極彩色に

 

なんて鮮やかな世界
色褪せたあの刻を、一瞬たりとも思い起こさせない
圧倒的な色で包まれるんです

 

 

 

「そうか・・・いつも、色彩を探しに出かけてたのか」

明かされる心の内に、謎めいた行動の理由が鮮明になる。
逃げるのではなく、ただ求めて探していただけ。

恐ろしく暗い感情を秘めた彼の眼に、世界はあまりに朧気で。
過去から続く憎しみの連鎖、それに伴う痛みや悲しみを想像できないほどに抱えて生きる彼には、この世界はあまりにも色褪せて見えたのかもしれない。
そして、そんなこの世の地獄と廻り続ける苦しみを、異質な双眸に刻み付けているからこそ、意味をなさない色彩はより色を失うのかもしれない。

しかし、それほどまでに暗い世界を、塗り替えることが俺に出来るのだと彼は言う。
唯一彼の世界に色を注せるのだと。

 

あまりの嬉しさに涙で滲む視界を振り切り、一層腕に力を込めて抱きしめた。

「骸・・・俺の傍にいるとき、お前の眼に世界はどう映る?」

甘えるような揺れる声で問いかけてみる。


意地の悪い質問かもしれない
でも、何度でも言ってほしい
その声で
その口で
その穏やかな瞳のまま

 

「あまりに鮮やか過ぎて、眼が眩んでしまうほどです・・・美しく優しい、そう・・・」

君のように、甘い色です

「っ・・・!」

最後の囁きに思わず身体を引き離し、くるりと背を向けてしまう。
なんて恥ずかしいことをさらっと言うんだろう。
逸る胸の鼓動がうるさくて、昇る熱にくらくらする。
後ろで微かに笑う声が聴こえるが、怒ることも出来なくて。

「ねぇ、綱吉君・・・」

幾分トーンを落として、絡め取るような色を帯びた声がかかれば、凍りついたように身体の自由を奪われる。

――――あ、ヤバイ・・・

思ったときにはもう遅い。
振り返る先には、鮮やかな2つの原色。

 

 

「            」

 

 

――――あぁ、こんなのずるいよ・・・

楽しげに
嬉しそうに
幸せそうに笑うから

差し出された提案に、顔を真っ赤にしたままこくりと小さく頷く。
それを見た彼は、極上の微笑を湛えたまま、ゆったりと広げた腕で優しく抱き締めてくれるから。
俺にはもうこの温かな腕を振り切れはしないのだ、と思った。
同情なんかじゃない、心にくすぶる別の気持ちに気付いたから。

 

その日、俺はあっけないほどあっさりと彼の言葉に堕ちてしまった。

 

 

 

 

 

僕 に 攫 わ れ て み ま せ ん か ?

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/01/17 (Wed)

初骸綱小説が7年後設定っ・・・!
この後、誰もいなくなった部屋が発見されて大騒ぎ。
骸さんはツナを伴って愛の逃避行です(笑)
しかしまぁ、エロリストの『エ』の字も出せなかった・・・orz
でも砂吐くような甘ったるい話も大好物ですよ★
いやぁ〜、ホントに可愛い子供に見えて仕方ないのよ、骸さん!
可哀想で可愛くて、格好良くて危ういエロリスト大好き!!!!


新月鏡