午睡〜 another side 〜

 

 

 

嫌になるような仕事を放り出して、広すぎる中庭で暫しの休息。
髑髏に最低3時間は誤魔化しておくように言っておいたので、しばらくは誰も来ないだろう。
鬱蒼と茂る木々の中、一際涼しげな水辺に足を向ける。

森のような庭にぽっかりと空いたギャップと、自然と創り上げられた湖。
最近見つけた穴場スポットで、屋敷から遠く離れているせいか意外と見つからなかったりする。
骸にとって、誰にも邪魔されず仮眠を取れる貴重な場所の一つとなっていた。
念のためにうっすらと幻影を反射させて帳をつくる。
これで外側から見れば何処までも続く木々の並としか映らなくなる。

確認するように一つ頷くと、そっと木陰に寄りかかるように身を潜め、瞼を閉じる。
ゆっくりと意識を潜水させながら、ふとその端で残された仕事のことがちらついた。

 

面倒なことに、ここ最近厄介事は途絶えることがない。
ひと段落したと思えば、次から次へと飽きることなく探りを入れようとする愚かな者たちが、いらぬ仕事を増やしてくれるからだ。
全く以って煩わしい以外の何物でもない。

――――いっそ乗り込んで、もう二度と陽の目を見ることができないくらいに壊滅させてやりましょうか・・・

ぐらぐらと煮たぎっている感情を抱えながら、たまにそんな物騒な考えに行き当たる。
もともと嫌いな集団なのだ。
いくら壊滅し、死人が出たとしても何ら興味もなく、むしろそのまま絶望の中で滅んでいけばいいとさえ思う。

しかし

『誰かが傷つくことなんて、ない方が良いんだよ』

そうあの小さな存在が諭すものだから、下手に敵側を血祭りには出来ないでいる。

 

小さく弱く、そして予想を遥かに超えるしなやかな強さを秘め、唯一自分に居場所を与えた幼き人。

暖かさ
思いやり
優しさ
そして、愛すること

全て今までの生活からは遠く離れすぎていて、触れることも包まれることもありはしないのだと思っていた。

殺伐として、命の奪い合う冷めた日常。
それをあの一戦で全て塗り替えられてしまった。
たった一度、唯一自分が敗れた存在に。

 

――――まさか、こうして誰かの下にいるとは思いませんでしたよ

敗北した後、牢獄につながれ身体の自由を失った自分に小さなリングを寄こして、守護者になれと言い出したときには、馬鹿なことを、と思ったものだ。
しかしそのときの自分はあまりに無力で、他所から力を借りなければあの二人を護ることすらできなかったのだから、受けるしかなかった。
そして、渋々だったにせよ交わした制約に従って再び邂逅してみれば、相変わらずのお人よしぶりで迎えてくれて。
そんな彼に何故かほっとしていた自分がいたのだけれど、決して認めたくはなくて。


――――思えば、そのとき既に堕ちていたんでしょうね


今ではもう隠し通すつもりもなく、むしろ露骨に示しているのだけれど、生憎相手が相手なだけになかなか上手くいかない。
取り巻きの数は多いし、たまに会う他のリング所持者は片っ端から癇に障る。
その度にうっかり事を起こしてしまったりするのだが、まぁ気に喰わないものは仕方ない。

 

そんなことを考えていると、遠い意識の向こうで声がして、ふっと目の前が翳る気配がした。
完全に意識のほとんどを眠りに奪われていたので、状況把握が追いつかない。
幻影の帳を抜けていったい誰が来れるというのか、と思ってみたもののやはり落ち着かなくて、落ちつづける意識を押し戻す。
眠りに抵抗している間も誰かがずっと何かを喋り続け、一向に立ち去る気配がない。
それどころか

――――・・・っ?!

頬にかかる髪を梳き、撫で始めたものだから驚いた。
小さな焦燥感を胸に、いよいよ我が身の危険を思って身体に力が入り、ぼやけた意識で薄く瞼を押し開く。

 

とたん、滲む視界いっぱいに映る、陽の光に溶けそうな微笑みに思わず息が詰まった。
他でもない、自分が何より想うその人が、輝かしい陽の光を浴びて幸せそうに微笑んでいるのだから。
当然、事態の理解は全くできず、あまりの困惑に身体は凍り付き、瞼が再び闇を落とす。
そんなことを知ってか知らずか、起きているとは気付きもしないその人は、いまだ優しく笑んだまま髪を撫で続けていて。

――――何故・・・?

そればかりが思考を駆け巡って、もはや言葉を発するという選択肢が消失していた。

 

すると

「・・・でも、俺はそんなお前が好きだよ」

と甘く軽やかな声色が届けられ、額に柔らかな感触が降り落ちてきた。

――――・・・え?

すぐに去っていったその感触に、無理やり叩き起こした意識はホワイトアウトする。

 

どうして君がここにいる?
いったいこれはどういうことです?
本心でその言葉を口にしてるんですか?
それ以前に、これは本当に現実?
僕はいまだ眠りの中にいるのではないだろうか・・・


ひどく焦がれた想い人から贈られた突然の告白とキスに、心だけがパニックに陥っている。
その間、とんでもないサプライズの爆弾を投げた当人は、眠たそうにあくびを一つすると、隣にこてん、と横たわってしまった。
そして暫くもしないうちにすぅすぅと規則正しい穏やかな寝息が聴こえ始める。

 

一方、気持ちよさそうな彼とは反して、骸の眠気は先ほどの思わぬ出来事のせいで一気に吹き飛んでいた。
遅れてやってくる火照る熱に手を焼きながら、完全に予定の狂った時間を持て余して。
よくも、と恨めしげに傍らの存在に視線を投げても、愛らしい寝顔に自然と頬が緩む自分が不甲斐なく思えた。

「・・・いつからこんなに腑抜けてしまったんでしょう・・・」

片手で紅玉の眼を覆い、はぁっと重いため息を吐き出す。

 

ひらり

 

項垂れるようにしていると、視界の端に黒い影が舞い踊って意識を誘う。

「ん?」

すっと片目を塞いでいた手を下ろして視線を上げれば、そこには一匹の蝶がひらひらと飛んでいた。

あっちへひらひら
こっちへひらひら

せわしなく舞い続けるそれにすっと流れるような仕草で手の甲を差し出せば、その甲にふわりと舞い降りる。

「お前ですね、綱吉君を誘って来たのは・・・」

全く、と小さく困ったように一つ零して微笑する。
手に留まった蝶は骸の小さな呟きに応えるように、2・3度緩やかに羽根をはためかせて見せる。
そんな様子にくくっとのどの奥で笑うと、そっと唇にその甲を寄せた。

「悪戯が過ぎますよ」

叱るように囁いて、逃げもしないその蝶に掠めるようなキスを落とせば、さすがに驚いたのであろう、蝶は慌てたようにひらりとその手から飛び立った。

そんな蝶の様子に満足したのか酷く楽しそうに眼を細めて、本格的に眠ってしまった想い人に視線を向ける。

 

体温を求めるようにもぞもぞと寄り添ってくる熱が愛しくて。

「困ったものだ・・・」

さりげない仕草で、予想だにしない瞬間に放たれる無自覚な一撃。
それは確実に自分の奥に秘めた感情に火をつける。


――――・・・なんて危険な存在


堕ちてから気付くその恐ろしさを噛み締めながら、木漏れ日に抱かれて眠る唇にそっと自分の唇を重ねる。

溢れるこの感情が、想いが、少しでも君に伝わればいい。

酷く柔らかい光の中で、まるで誓約を交わす儀式のように行われる優しいキス。
さわさわと葉擦れの音だけが駆け巡って、静謐な時間が過ぎていく。

 

「・・・僕を試すのも、大概にしてください」

少し唇を離して低く囁けば、その声色の心地よさにふにゃっと崩れる寝顔。
その寝顔に惹きつけられるように身体を横たえると、起こさないように慎重に抱き寄せてみる。
予想にたがわぬ華奢な身体がすっぽりと腕の中に納まれば、満たされた想いが溢れ出して。

「・・・Buona notte , Tesoro mio・・・」

幸せそうに眠る小さな存在をしっかりと抱きしめて、小さく微笑むとゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

(・・・おやすみ、愛しい人よ・・・)

 

 

 

* * * *

2008/01/28 (Mon)

発掘小説!
およそ一年前くらいに書いてたものを発掘したので上げてみた。
イタリア語ミスってても、優しさでカバーして戴けるとありがたいです。
ちなみに登場した蝶は『カラスアゲハ』という名のアゲハチョウのお仲間、というどうでもいい設定があります。
書けなかったけど、ホントは骸さんに知識をひけらかして欲しかったんだ・・・orz


新月鏡