蒼い鳥

 

 

 

近代化が進むにつれて機械的なものが山積みになる中、時代がそこだけ切り取られたように静かな日本庭園が広がる。
ことんと跳ね返るししおどしの音が辺りに響き、小鳥が可愛らしい声でアンサンブルを奏でている。
深く香る畳の青々とした匂いが風に誘われ吹いてゆけば、沸き立つ釜の音が後を追う。


そんな穏やかな室内に漆黒の影はいた。
黒の髪、黒の瞳、加えて几帳面に着こなされたスーツも黒色で統一されている。
物静かな気配を纏い、しかしその眼光は打ちあがったばかり剣の如く鋭い。
何もせず、ただ座っているだけでも、近付き難いはりつめた空気が立ち込めている。
その傍では一人の少女が一匹の梟を伴って静かに眠りについていた。
衣服に残る紅い血痕が彼女の儚さをより一層引き立たせ、か細い吐息は生死の淵を彷徨うように断続的に繰り返される。
そんな彼女を見守っていて、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。


吐血し、苦しむ少女の異変に気付いて駆けつけたのは1時間ほど前。
攫うように連れ出して、この部屋で応急処置を施して、気付けば呼吸が穏やかになるまでじっと容態を見守っている。
多少はマシになったと告げれば、安堵をつく声があがり、再び緊急で会議を開くと伝令が来た。
切羽詰った状況に、始終穏やかではないのだろう。
張り詰めた空気がこのか弱い身体に、どれほど負担をかけるだろうかと気にかかる。
眠る彼女を通して想うのはただ一人。

 

「…骸…さま…」

か細い呼び声にはっとする。
真似たシルエットに焦がれる面影が横切れば、酷く物悲しさを感じてしまう。
時折現れてはすぐに掻き消える『霧』の名に相応しい彼は、いつだって本当の姿を見せることは稀で。

足取りを掴んだと思えば、すでに途切れた足跡だけを残して去って。

翻弄される自分自身に苛立ち、それでも諦めきれずに捜して回って。

狂い出した世界の元凶を掴めば接触することもあるだろう、と必死で追ってみても、わかることは限られていた。
過去と未来が交差するこの場所でさえ、自分と彼の立つ位置が交わらない。
塞ぎこんだままの姿を見て、部下が心配げな気配を寄越してくるけど、それでも拭い去れない哀愁。
『幸せの青い鳥を探してるんです』なんてふざけたことを言って隣で笑ってた頃が懐かしい。

「君は昔からおとぎ話を夢に描く馬鹿だったね」

鋭い観察力で的確な判断を下し、容赦など欠片も見せない恐るべき策士でありながら、どこか夢見がちで頭のネジが飛んでいるような人だった。
『幸せの青い鳥』の話を見て、探しに行って来ますなんて言って、しばらく音沙汰なかったのもずいぶん過去の話で。

 

 

 

「ホントに…馬鹿だよ…」

穏やかな呼吸に変わった少女の頬をそっと撫でる。
さらさらと落ちる青みのかかった艶やかな髪は、彼とは違って紫色を差していたけど、懐かしさのあまり指が離せない。
思い描けば鮮やかな青の髪が脳裏に鮮明に浮かび、合間からのぞく異色の双眸が視線を奪う。
微笑む彼を、いつから見ていないだろう。
幼い少女の面影に彼の気配を追って眼を閉じる。

「君、馬鹿だから最後まであの話を読んでないでしょ? 『幸福の青い鳥』は、家に置き去りにした鳥籠の中で歌っていたんだよ」

2人の子供が魔女に要求されて探し始めた『青い鳥』。
多くの危険を潜り抜けて、それでも見つからなかったその鳥は、諦めて旅から帰ってきた家の中で待っていた。
目にした鳥かごの中で、青く色を変える鳥に2人は喜ぶのだ。

 

幸福なるかな

幸福なるかな

ささやかなる日々に幸福よあれ

振り返り、その幸せに感謝の声を

幾重にも積もる平穏の日々に歓喜の声を

 

「そして、人が『幸せの形』に囚われる前に、空へと羽ばたいて消えてしまうんだ」

嬉しさのあまり、『この鳥がいれば僕らは幸せだ!』と声を上げた瞬間、その『青い鳥』は2人の手をすり抜けて窓から逃げてしまう。
『誰か見つけたら返してくれ』と頼んでみたところで、決して帰ってくることのない青い鳥。

 

幸せな日々はささやかで

これがあれば幸せ、なんて馬鹿なことを思えばすぐに消えてしまうもの

確固たるものなんてない

ただ、静かに傍にあって

空気に溶け込むような声で歌ってるだけ

 

 

 

「ねぇ骸…早く気付いて」

 

僕はここにいる

君の大切にしてるものも全て

何処まで捜しに行ってしまったの?

いつだって諦めた頃に見つかるものなのに

 

「青い鳥って、本当に『青』だったと思うかい?」

何処にでもいるような鳥にすぎないって、気付かないの?
いつだって傍にあって、君が気付くことを待ってる


――――『まるで僕みたいに、君には聴こえない声で歌って、ただ静かに待ってるんだよ』


だから

 

早く帰っておいで

 

 

 

緩やかに目蓋を押し開けば、変わらず眠りについている幼い少女の寝顔が映る。
幾分気持ちが正気を取り戻せば、タイミングを見計らったように呼び出しの機械音が耳を突いた。
どうやら本格的に動くつもりらしい。
後ろ髪引かれる名残惜しさを切り捨てて、重い腰を上げる。
待ち構えていたらしい部下に自分の名を呼ばれて踵を返す頃には、しっかりと切り離された多彩な感情。
振り返る視線に甘さなど欠片も映さず、ただ戦慄の色を湛えて。

 

 

 

向かう場所に、君への感情なんて連れて行けない

ただ、忘れないでいて

 

『蒼い鳥はすぐ傍にいるって』

 

 

 

イカレた この世界で 君を待ってる

 

 

 

 

 

* * * *

2008/07/08 (Tue)

10年後の話で、髑髏ちゃんを雲雀さんが持って行っちゃったときの骸雲な話。
我が家の雲雀さんは、ものすごく一途だと思う。
というか、ずっと待ってる健気っぷり…


新月鏡