Wheel of Insanity
「ねぇ、骸って夢とか持ってるの?」 まだ少し肌寒い公園で、唐突に君はそう訊いた。 あまりの唐突さに抱き上げていた子猫を取り落としそうになって久しく慌てる。 思わぬ世界の揺れに子猫はにゃーんと抗議の声を上げたが、その鳴き声すら僕の耳には届かなかった。 「・・・いきなり何ですか?」 「別に、何となく」 ベンチに座って頬杖をつく君と、立ったまま硬直してしまってる僕、そしてそんな僕の腕の中でもぞもぞと丸まっている子猫。 だんだん陽も暮れ始めたこの公園には、子供のはしゃぎ声すら聴こえない。 いるのは僕らと子猫一匹。 「夢、ねぇ・・・まぁ敢えて挙げるなら、君とこのままゴールインしてしまいたいです」 「一人で輪廻の果てまで行ってこい」 「これはつれませんね」 きゃっ☆と冗談めかした雰囲気を醸し出しつつある意味本音な言葉を述べれば、間髪いれず冷めた言葉が返ってくる。 そんな返答に傷ついた様子でつんと唇を尖らせて拗ねて見せれば、君ははぁっと苦笑交じりにため息。 変わらないいつものやり取り。 「たまにはまともに返してみせてよ」 「失礼な、僕はいつだって至極まじめです」 「・・・あっそ」 もういいよ、と早々に諦めモードの君に、そのとき僕はどうしてか焦りを覚えた。 「待ってください、ちゃんと答えますから」 「別に、答えたくないなら言わなくていいよ」 ほらね、君はやっぱり誤解してる。 これは弁解しなければならない。 決して言いたくないから誤魔化してみせてるんじゃないってことを。 君には知ってもらわなくてはならない。 こうして穏やかに過ごしていても、僕の心にはいまだ救われない常闇があるのだと。 「僕がそれを言わないのは、君が確実につらそうな顔をするからですよ」 幾分トーンを落として声を紡げば、がらりと周囲の雰囲気が変貌する。 急に色を変えた僕の気に子猫はすぐさま反応を示して、慌てたようにその身を起こすとするりと腕から逃げ去った。 この場に残るは僕らだけ。
隠していたのに 眼を逸らしていたのに 君がこうして掘り起こすから ほら、非日常が眼を覚ます 僕と君との間にある圧倒的な溝が鮮明になって 暗い闇が面を上げる
「むく、ろ・・・?」 恐怖の色を仄かに差して、君は困惑気味に僕を見つめた。 僕を呼ぶ声が微かに震えてることに気付きもしない。 くくっとのどの奥で笑えば、その音に反応して君はびくりと身体を震わせる。 「ね、冷たい距離を感じるでしょう?だから言いたくなかったんです」 君を失いたくないから、なんて月並みなセリフすら今の僕なら素面で吐ける。 もちろん、気持ちを込めずに、と言う意味で。 数分前の僕なら熱の篭った声でそれを囁いただろう。 けれど今の僕には不可能だ。 冷えすぎた心は感情を伴いはしないのだから。 「僕には野望こそあれ、夢なんて欠片もありませんよ」 「っ・・・」 あるのは全てを滅ぼすことだけ そう告げれば、君は泣きそうな表情で唇を噛み締める。 悲しい? つらい? すみませんね、今の僕に君の想いは届かない 「正直な回答を求めた君が悪い」 口をついて出るのはやはり冷ややかな言葉だけ。 君が僕にとって救いであることは認めます。 その甘さに呆れもするし、その暖かさを心地よく思うこともある。 けれど、こんな暗い水底まで光は全てを照らせない。 だんだん光力を失いながら仄かに照らすことしか出来ない。 心の深海に君の光は届かないんです。
「・・・骸・・・」 「はい」 「・・・こっち、来て」 言われるがままに歩みを進めて距離を詰める。 うつむく君が発した命令。 まるで自分の首を絞めるようにどんどん苦しげな表情になって、仕舞いには大粒の涙さえ落として。 そんなに泣くなら来いなどと言わなければいいのに いっそ精神崩壊を起こすほどに傷つけてしまおうかとさえ思ってしまう。
このまま酷い言葉を吐き続ければ 君は耳を塞いで『やめろ』と叫ぶだろう その塞ぐ手に舌を這わせて 涙で歪む君の唇に出来るだけ優しいキスをすれば その差に君の心は軋んだ音を立てるだろう そして君を酷く傷つける言葉を吐いた同じ口で 『愛してますよ』と熱を篭めて甘く囁けば 君は容易く崩壊し始めるだろう
こんなにも愛しく想うのに こんなにも傷つけたくなる 歪んだ僕の想いに君が耐え切れなくなるとき 僕は至高の快楽を得て、再び闇に堕ちるだろう 君は僕への愛で壊れていって 僕は君への愛で狂っていく 僕らは互いの想いで殺し合う
救いようのない 愛しい感情に陶酔しながら
* * * * 2007/04/03 (Thu) タイトルは『果てなき狂気』という意味を込めてつけてみた。 環っていうのは終わりがないって意味だから。 うん、たまにこうして狂気じみた愛情表現してればいいと思います。 二面性な骸さんが好き。 新月鏡
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