午睡〜butterfly dream〜
穏やかな日差しが差し込む窓。 可愛らしい鳥のさえずりが、思わず眠気を誘う。 そんな中、ひとまず終わった書類の整理に、ふぅっと息をつき背伸びを一つすれば、胸いっぱいに心地よい空気が身体に染み渡る。 もうかれこれ5年は経とうとしているだろうか。 慣れてきたとはいえ、毎度運び込まれる仕事の量に、やはり拒否反応を起こしそうになる。 「さてと、次が来ない内に一休み一休み」 大量の仕事を捌き、終わった開放感に嬉々として窓に手をかける。 押し開けば、暖かく優しい風が頬を撫で去って。 誘われるように殺風景な部屋から躍り出る。 後で見つかれば、専属の家庭教師に何を言われるか分からないが、それでもいいと思った。 これほど外が華やぐのに、心浮き立たないわけがない。 「ちょっとくらいなら、リボーンだって怒ら、な・・・い・・・よ・・・きっと!」 言葉尻に不安を残しつつ、後ろ髪引かれる自分を外へと追いやった。
「ん〜、いい風だ」 さわさわと可愛らしく鳴る草木の声に耳を澄まし、緑深く広がる庭を散策する。 途中、ところどころに印をつけたり、木を組み立てながらさくさくと奥へ奥へと進んでいく。 実は何度かこうして抜け出して散歩に出かけたことがあるが、あまりに広い庭のために迷子になり、結局部下に捜索されるというなんとも恥ずかしい過去が前例として存在する。 それからというもの、ちまちまと改良に改良を重ねて、帰れるように自分なりに考えた結果、目印をつける、という最も初歩的な結論に至った。 簡易な目印をところどころに置きつつ、散策は続いていく。 鳥の声を追ってみたり、不思議に思った方向へと足を軽やかに運ぶ。 あっちへふらふら、こっちへふらふら、目的もなくただ眼につくものを求めて歩いていく。 すると眼の端にひらりと何かが舞った。 「あ、蝶々」 ゆったりと舞うそれは、深い黒に鮮やかな水色を差した蝶だった。 ひらひらと羽をはためかせて、誘うように目の前で舞い続ける蝶に、綱吉はすっと手を伸ばすが、指を掠めるようにかわされる。 それでも一定の距離でまたひらりひらりと弧を描くのを不思議に思い、くるっと足を方向転換させると、誘われるままに歩き始める。 ひらり ひらり さく さく さく ひらり ひらり さく さく さく まったりとしたリズムで、繰り返される不思議な散策。 「お前は俺を何処へ連れてく気なんだ?」 物言わぬ蝶に話しかけ、先の分からぬ楽しさに眼を輝かせて笑う。 ただ目の前で舞いながら誘い出す蝶を追いかけて、追いかけて、追いかけて。 ひらり ひらり さく さく さく ひらり ひらり さく さく ・・・ 「あ、おい!」 不意に蝶が天高く舞い去った。 ひらひらと羽ばたきながら、頭上にくるくる円を描きながら光に溶ける。 目的の消失に呆然となってしまった。 気付けば全く帰り道の分からない状態になっていたからだ。 「・・・どうしよう、また俺迷子だよ・・・」 情けなさにうなだれる。 しかし、このまま立ち止まっているわけにもいかず、自分の中に眠る超直感を信じて足を踏み出す。 思ったよりも躊躇いなく歩けることに少し驚くが、独りで場所もわからぬところを歩くというのは、何とも心許なく寂しいものだった。 「・・・戻って来ないかな、あの蝶々」 ふいっと空を見上げても、空に溶けてしまった蝶は最初から存在しなかったかのように、一片の影すら残さず消えてしまっていた。 道のない森のようなこの庭で、たった一人きりの寂しさ。 先ほどまでの開放感や昂揚感は嘘のように静まって、代わりに底知れない冷たい風だけが腹の底をなでていく。 ――――誰か・・・ 迫る孤独感に追いやられて、自然と歩調が速くなる。 草を掻き分け、視界を覆うように茂る木々を縫うように走り去って、あまりの焦燥に上空から降り注ぐ明るい日差しすら意識に入ってこなかった。 ――――あぁもぅ、こんなことなら散策なんてしなければよかった! 心底己の行動に悔いっていると、急にふっと眼の眩むような日差しが降り注いできた。 「っん!・・・何?」 ぐっと眼を瞑り、光に慣れるのにしばらく立ちすくむ。 しばらくしてゆるりと瞼を押し開ければ、目の前に広がるのは木々の中にぽっかりと空いた小さな草原と、何処から湧いて出てきたのかわからない湖だった。 「・・・湖とか、あるんだ・・・ってかここ庭だよね煤H!」 此処が庭だということを思えば驚くが、池と呼ぶには大きすぎるのだから、湖と言って差し支えはないだろう。 キラキラと水面が輝き、そよぐ風に揺らめく様はとても綺麗で、先ほどまでの切迫感や寂しさがふわりと消失するのが分かった。 見れば、陽の光はそこら中に惜しげもなく降り注ぎ、暖かく柔らかい風がそよそよと吹きぬけていく。 あまりの穏やさに、殺伐とした日常とのギャップに眼を丸くしてしまう。
ぽかんと口を開けて呆けているその隣を、再びひらりと影が舞った。 「あぁ!お前、何処行ってたんだよ!」 それは先ほど見た蝶と同じ黒地に水色を添えたアゲハチョウであった。 一人置き去りにされた寂しさに思わず叱りつけてしまうが、内心ほっとする心地で笑みが漏れた。 そんな安堵を知ってか知らずか、蝶は再びひらりひらりと舞い続ける。 見つめる者の眼差しを軽やかに翻弄しながら移動し、黒い影にふわりと留まった。 しかし留まったと認めるより早く、綱吉は蝶が留まった先を見て一瞬にして固まってしまった。 「な、なんで・・・」 肩に蝶を伴いながら、静かに眠る人影。 木陰から伸びるすらっとした足先。 片膝を立てて座っているが、その眼はしっかりと閉じられていて。 そよぐ風が一度吹けば、頬にかかる髪がさらさらと心地よい音を立てる。 よく見知った姿。 特別想い入れの深い人。 ――――・・・骸・・・が、寝て・・・る・・・ 足音をそっと忍ばせて、眠り続ける人物へと足を進める。 珍しいこともあったものだった。 雲雀と同じく、いやそれ以上にどんな些細な物音でも眼を覚ます彼が、こうして外で無防備に眠っている姿を見たのは初めてだった。 蝶さえ肩に留まることができるほどに、彼の意識は深く潜り込んでいるらしかった。 「・・・骸?・・・ホントに眠ってる、の・・・?」 小さな声で呼んでみるが、ぴくりとも反応を示さない。 まるで身体だけ置き去りにして、意識は遠く彼方にあるような気さえする。 ――――疲れてたんだな、此処しばらくずっと仕事続いてたから・・・ 綺麗な抜け殻を眺めながら、ちりっと込み上げる寂しさを押し込める。 そして彼の役目の重さを思うと申し訳なさそうに眉根を寄せた。
彼は何だかんだ言っても、マフィアという組織を憎む心をねじ伏せて、頼まれた仕事を請け負ってくれる。 たまに放り出して抜け出すときもあるけれど、そのときの仕事と言えば、大概なんら害にはならなかったり、特にしなくてもよくなってしまったりするのだ。 本当に必要なものだけを、しっかり抜け目なくこなす彼。 そんな彼の担う役割が、ファミリーの最も外側の防御。 内側を包み隠すために、決して破られてはならない鉄壁。 そのため一番仕事が多く、小さなことでも片付けねばならない厄介な立場。 ファミリーの実態をつかませない、それが霧の守護者の役目だと聞いてはいるが、彼が此処まで尽してくれることに心痛まないわけがなかった。 過去の生い立ちを知った 彼の心が追い込まれる経緯を知った それに伴う苦痛を 悲しさを 憎しみを そして、奥底に沈んでしまった優しさを知った ――――口ではどうこう言ったって、必ず傍にいてくれる 時折情緒不安定にはなるにせよ、必要なときには必ず現れてくれる人
「ホント、不器用だよな」 眠ったままの顔を覗き込んで小さく笑う。 「ちゃんと言えばいいのに言わないし、憎まれ口ばっかり叩くし・・・皆お前のこと誤解しっぱなしだろ?」 いまだ他の仲間と溶け合えず、内戦じみた争いが絶えず起きていた。 内戦と言っても、ことの中心は他のリング所持者同士の些細な争いだったりするのだが。 そして、大概その火種を生み出す最たる原因はこの男であった。 雲雀とは顔を合わせればすぐさまバトル。 獄寺とは肩触れ合えば即殴り合い。 山本とは何気ない会話がすぐさま口論化し、あっという間に戦場と化して。 京子ちゃんのお兄さんとは、お兄さんが一方的に絡んで、苛立った骸がキレて撲滅。 ランボとは一方的に彼がいじめ倒すという結果になっている。 最後のランボに関しては同情するしかないのだが、どうも彼のサディスティックな感情にナイスヒットするようだ。 「・・・馬鹿だなぁ骸、お前の感情表現ってひねくれすぎ・・・」 くすっと笑って青味のかかった艶やかな黒髪をそっと撫でる。 伸ばされた手に、肩に留まっていた蝶が慌てたように飛び去るが、そんなことはもう気にならなかった。 起きてしまうかもしれないと思ったが、その気持ちに抗いたいほどどうしても触れたくて。 無意識に優しく微笑んでいる自分にさえ気付かずに、何度も何度も撫で続ける。 「・・・でも、俺はそんなお前が好きだよ」 小さくそう囁いて、意外にも起きる気配のない彼にそっと唇を寄せる。 額に贈る柔らかなキス。 ――――優しい夢が見れますように・・・ ささやかな願いを込めて身を離すと、ふわりと暖かな気持ちに包まれる。 そうしてしばらくもしないうちに、穏やかなこの午後の暖かさにうっとりと誘われ始める眠気。 その眠気に引きずられるように身を横たえると、傍らの寝顔を見上げて微笑んだまま瞳を閉じた。
* * * * 2007/05/21 (Mon) 穏やかな日常を目指して書いてみた。 骸さんが影で一生懸命働いてたらいいな〜とか思って、でも、そうなると仕事多いだろうな〜とか考えてました。 そして、それに比例して問題起こすんだろうな(笑) ツナは全部わかってる上で、骸さん大好きで、互いに必要なときは必ず傍にいればいいな☆ とか、もりもり願望混ぜまくった結果です。 ほのぼの好き〜Vv 新月鏡
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