手にしたものはささやかな贈りもの


特別な人

大切な人


君と出会えた幸福に

君の糸と交わる運命に

 


『ありがとう』を添えて…

 

 

 

 

 

朝、いつものように日が昇る。
目覚めれば、今日は幾分爽やかな気持ちが駆け抜けた。
いつもと変わらないけれど、淡く心躍る特別な日でもあると思うと、思わず小さな笑みが漏れる。
今日で一つ歳を取る、そんな些細なことだけど、自分が憧れる大人に一歩近づいたのだと思うと、やっぱり嬉しくて。

「おい、遅刻するぞ」
「え?!」

清々しい気分に浸っていると、専属の家庭教師が冷酷にも恐ろしい現実を淡々と告げた。
時刻はとうにレッドゾーン。
階下で母の呼び声と、友人の呼び声が混ざり合って綱吉を急きたてていた。
もう少し早めに言ってくれればよかったのに、などと愚痴を零しつつ、直後飛んでくる飛び蹴りをかわして階段を駆け下りる。
おまたせ、と一言置いて、テーブルの上から掻っ攫ってきたトーストを咥えて靴紐を結べば、母は呆れ顔で送り出してくれた。

「今日は早く帰ってきなさいよ、みんな待ってるからね!」

そう付け加えられて、初めて『いつも』が『特別な日』にすり替わってると感じられて、綱吉は思わず笑って大きく頷いた。

 

 

 

登校途中は、獄寺と山本に挟まれながら、今日の教科はあれだ、あの教師の授業は何とかだ、と他愛のない話が飛び交う。

「あ、そうだ、ツナ!これやるよ、誕生日だろ?」
「なっ、山本の分際で…!十代目、俺からもプレゼントっす!」

小さな袋に包まれたものを山本が差し出せば、我先にと綱吉と山本の間に割り込んだ獄寺も小ぶりの紙袋を差し出してきた。
ずいっと2人に押し付ける形で手渡されたプレゼントに、綱吉は笑って『ありがとう』と返し、それを見た2人は同時に照れたように控えめな微笑を向ける。

「開けてもいい?」
「どうぞ!気に入っていただければいいんですが…」
「おう!大したものじゃないけどな」

それぞれらいし返答が返って来るのを確認して、綱吉はそっと手の中に納まっている品々を開封する。
獄寺からもらった紙袋には、これからのシーズンで使えそうなセーターだった。
控えめながらも、丹念に仕上げられたセーターは、デザイン・色ともにシックにまとめられていて、獄寺のセンスのよさが伺える。
山本からは、オレンジと黒の色彩が眼を引くリストバンド。
派手すぎない分、スタイリッシュな仕上がりのそれは、野球をやっている彼らしいプレゼントで、そっと腕に嵌めてみればぴったり落ち着いた。

 

遅刻のことなどうっかり忘れて話していると、遠くかすかに本鈴のチャイムが響き渡り、瞬間的に青ざめる。
慌てて校門前に駆けていけば、予想通り、鬼の門番よろしく、無残な屍の上に彼の人が立っていた。
並盛中学校風紀委員・雲雀恭弥。
有名すぎるほど有名なこの人物を前に、誰が隙を見て校門を通ろうと思うものがいようか。

「てめぇ通しやがれ!」

いや、いた。
恐ろしいことながら正面突破を目論む人物が、うっかり綱吉の隣にいた。
おかげで凍るような視線がこちらに向けられ、思わず背筋に悪寒が駆け抜ける。

「…また君たちか…いい加減規則を守ってもらいたいね」
「うっせぇ!」
「まぁまぁ、仕方ねぇって」

あはは、と軽やかに笑う山本を他所に、獄寺はお得意のダイナマイトを掲げて臨戦態勢に突入しており、一発触発とはまさにこの状況のことだろう。
おろおろと視線を彷徨わせる綱吉だったが、ふと雲雀の視線が自分に向いてることに気付きどきりとした。
何か、癪に障ることでもしただろうか、とさらに血の気の引いた顔で模索していると、驚いたことに、雲雀は一歩下がって僅かながら道を開いた。

「え…?」
「…通りなよ…だけど、次は容赦しない」
「ん?何だかよくわかんねぇがラッキーだな、ツナ!雲雀がいいって言ってくれてる間に、さっさと通っちまおうぜ」
「え、あぁ…うん…あ、ありがとう、ござい…ま、す」

すれ違う途中に半ば混乱したままの声で感謝を述べれば、興味なさそうな一瞥が寄越された。
雲雀の不可解な行動に頭を捻りつつも、山本に促されて校舎へと足を踏み入れれば、にらみ合っていた獄寺も舌打ちを一つ落として後に続く。
そんな綱吉たちの背後で批判やら羨望やらの声が一斉に沸いたが、それは一瞬にして鈍い打撃音とともに静まり返った。
想像が簡単についてしまったので、恐ろしくて振り向けない綱吉は、心の中でその他大勢の遅刻者に手を合わせた。

 

 

 

昼、眠気を誘うような心地よい陽だまりが揺れる。
うっかり眠りそうになっていた綱吉は、弾けるような明るい声に叩き起こされた。

「ツーナさん!ハッピーバースデーですー!」
「わっ…ハル?!何でこんなところに…?」
「フッフッフー、ハルの行動力を舐めてはいけません!」
「あ、ハルちゃん!いらっしゃい」

誇らしげに目の前に立つのは、別の学校の生徒であるハルだった。
そして、その姿を見つけて駆け寄ってきたのが、いまや学校のアイドル的存在・高嶺の花、笹川京子であり、思わずどきりとする。
憧れの女子を眼の前に戸惑う綱吉を他所に、話の弾んでいる女子2人は至極楽しげで、ぎくしゃくとなっている綱吉がはたから見ればかわいそうになってくる。

「はい、ツナ君」
「バースデープレゼントです!」

そんな居た堪れない空気の中、キラキラと輝かんばかりの笑顔を向けて差し出されたのは、綺麗にラッピングされた両手に収まるくらいの箱。
蓋をそっと開けてみれば、ふんわりと甘い香りが辺りに漂う。

「わぁ…おいしそう!」
「ツナさんのために、ハルと京子ちゃんで一生懸命作ったブラウニーケーキですー!」
「嬉しいよ…京子ちゃん、ハル、ありがとう!」

零れんばかりの笑顔を見せてそう言えば、お互いの顔を見て微笑みあう彼女たちにも伝染したのか、満面の笑顔が花開く。
穏やかな昼下がりにぴったりの、柔らかく優しい空気に包まれて、綱吉はしばしの雑談を楽しんでいたが、その後、突如乱入してきた笹川了平によって、教室がある意味戦場と化した。
乱入直後に素敵なキレのある右ストレートを喰らい、床とお友達になっていた綱吉は、獄寺と了平の激化した争いとは無縁だったのだが、後々聞かされる話は項垂れるものだった。
何故了平がこんなところまで来たのかは謎だが、可愛い便箋に『入部しろ』という荒々しい文字で書かれた、入部届け入りの封筒が綱吉の手元に残った。

 

 

 

夕方、賑やかな声が校庭にざわめく頃。
下駄箱で履き替えていると、やけに騒がしい声が校門前に集中していた。
何かと思って校門の方へ視線をやれば、何がそんなに嬉しいのか、にやにやとだらしない顔をした男子が校門の一角を遠巻きにするように群れを成していた。
これは雲雀でなくとも獄寺が爆破しそうだ、と横目で見やれば、案の定、手にダイナマイトを備えて苛立っている。

「お、落ち着いて、獄寺君!」
「面白そうじゃん、見に行こうぜ」

あわあわと獄寺を推し宥めていると、その脇を山本が飄々とすり抜けていった。
いつだってマイペースな山本に、さらに苛立ちを見せる獄寺だが、凶器のダイナマイトは影を潜めたようだった。
それを確認して、先に行ってしまった山本を追えば、人垣の向こうに見知った影を認めて息を呑む。
瞬間、向こうもこちらに気付いたようで、表現に乏しいながらも小さく控えめな微笑を向けてくれた。

「…ボス」
「なんだ、クローム、お前だったのな」
「なんだ、じゃねぇよ!何でテメェがこんなところにいるんだよ!」
「貴方に用はない…あるのは、ボスだけ」

校門前で男子の視線をほしいままにしていたのは、黒曜中学校の生徒・クローム髑髏だった。
確かに、髑髏自信の可憐さとは真逆に、あれだけ目立つ改造制服なら、立ってるだけでも眼を引くだろう。
突っかかっていく獄寺をあっさり斬り捨て、少女はくるりと身体を綱吉の正面に向けると、おもむろに手にしたものを差し出した。

「コレ…」
「え?…俺に、くれるの?」

自分を指差して首を傾げれば、こくん、と小さく頷いた。
手渡されたのは、零れんばかりの咲ききった花束で、金銭的に不安定な彼女からこんな贈りものをもらえることに綱吉は驚いた。
差し出されたものに戸惑いつつ、ありがとう、と笑って返せば、満足したのか再び頷いて今度はお菓子の袋を差し出してきた。

「え?それも誕生日プレゼントなの?」
「それは骸様から、私のはこっち」
「そ、そうなんだ…ありがと、クローム」

2重のプレゼントに驚きつつ、改めて感謝を述べれば、髑髏はまた小さく頷いて、今度こそ踵を返して去っていった。

 

綱吉は、軽やかな足取りで去っていく彼女の背を見送りながら、一方で彼女の口から『骸』の名を聞いてぎくっとした。
遠く離れた冷たい場所で、今も囚われたままの人物には、リング争奪戦以来逢っていなかったのだ。
何もかもから閉鎖された場所にいながら、しっかりと誕生日を覚えててくれて、さらにプレゼントまで用意してくれていたことに、綱吉は喜びと驚きでいっぱいだったが、心の隅で小さな寂しさを覚えたままだった。
これほどまでに想われて尚、望むことはわがままだとわかっていながら、それでも『逢いたい』と思う気持ちが頭の隅を掠めていく。

「ツナ?どうした?」
「十代目、大丈夫ですか?」

心配げに覗き込んでくる2人の声に我に返れば、深く物思いに耽っていたことに気付き、そんな甘えを追い払うように頭を振る。

「なんでもないよ!ただ、皆にこんなに祝ってもらえるとは思ってなくて、びっくりした」

気付かれないように、そっと想いに蓋をして、できるだけ自然に見えるように明るく振舞う。
2人も杞憂だったのかと、再び笑顔で笑い合ってくれるから、寂しさが和らいでいく。
そしてそんな笑顔の片隅、『いつか、助けに行くから、会いに行くから』、と心に囁いて、腕の中に咲き誇る花々にそっと唇を寄せて口付けた。

 

 

 

帰宅途中、夕暮れも紅く染まれば、長く伸びた影が色濃く映る。
今日の夕飯で誕生日パーティーがあり、一緒にどうかと誘えば、2人は快く願いを受け入れてくれた。

「じゃぁまたあとで伺います!」
「またな、ツナ!」
「うん、待ってるね!」

別れ際に約束をして、それぞれの道へと歩みを進める。
このあと描かれるであろう食卓に想像を膨らませれば、今までで一番嬉しくて、特別な日になるだろうと、綱吉は一人心弾ませていた。
さわさわと、腕の中の花束すら、心を読んで笑っているようにさえ感じる。

 

 

 

「楽しそうですね」

 

 

 

不意に、聴きなれた声が風に乗って耳に届けば、無意識にぴたりと足が止まった。
代わりに、背後から質のよさそうな靴音が地を叩く。

 

 

 

 

 

「僕のプレゼントはお気に召してくれましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 











 

 

 

 

 

 

『Buon Compleanno...』

 

 

 

確かに声は、そう囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

『愛される君へ...』

描いておいてなんですが…キスシーンって描くと気恥ずかしいというか…///
あ、ちなみに「Buon Compleanno」は誕生日おめでとう!って意味らしいです
文章とか諸々半端ですが、何かもう…全部詰め込んだので、あとは皆さんのご想像で補ってやってください…orz

そんなことはともかく、ツナ誕生日おめでとう!


*新月鏡*

2007/10/14 (Sun)