『白雪』

 

 

ふっと上空から舞い降りてきたものが頬に触れる
それはひんやりとしていて
僕の熱に溶けて
ゆるりと伝って落ちていった

 

 

 

『何してる?』

外をぼんやり眺めていると、背後からぶっきらぼうな声がかかる
振り返れば、両腕を抱えるようにして擦りながら、大きな身体を丸めるように縮こまってる姿が眼に留まる
それが何だか可愛らしく見えて、口が勝手に緩んでしまう
問いに答えずふふっと笑う僕に、彼はさらに顔をしかめて隣にすとんと座った

そっぽを向くその仕草が、やっぱり可愛らしく見えてしまうのはどうしてだろう
僕より大きな背中が寒そうに丸まっているからだろうか
思わず寄り添って、頭を預けて、熱を分けてやりたくなる

 

『・・・なんで開けっ放しなんだ、寒いだろう』

そう言いながらも、勝手に窓を閉めることなく、ずっと留まってくれてる
僕が開けてることに理由があるのだと思ってるからだろう
理由なんて何にもないよ、と言えば怒るだろうか
見てみたい気もしたけれど、何となく今の雰囲気を壊したくなくてそっと眼を閉じた

 

 

冷たい風が吹き付ける度に、隣の気配が震えて
それを感じながら僕は、風が運んでくる冷たい結晶を思い浮かべて、その風に意識を投げる
そのまま意識を攫われて、何処か遠くへ拡散していくような感覚

 

『モーゼス、いい加減寒いんだ、閉めるぞ』

痺れを切らして、彼がすっと立ち上がった
かけられた声と、その動作に、僕はゆっくりと時間をかけて瞼を押し開いて見上げる
寒さに耐え切れない、そういって彼が向かったであろう場所を

しかし、数十秒くらいの間があったにも関わらず、依然と窓は開いたままだった

『・・・?』


――――どうして?


予想だにしないことに、僕は眼を丸くして、誰もいないベランダを窓越しに見つめた
彼は閉めると言ったはず
なのにどうして開いたままなのだろう?

 

 

ばさっ・・・


急に真っ暗な闇が落ちてきた
あまりに突拍子過ぎて、僕はびくりと肩を震わせる
降ってきた闇が柔らかな毛布だということに気付くまで固まったままだった僕を見て、彼がのどの奥でくくっと笑うのが聴こえた
その声に気恥ずかしくなって、僕は乱暴に被ったままだった毛布を引っつかむと、ばさりと投げつけてやる
難なく受け止められて、何とも言えず腹が立った
ふいっと顔を背けて、再び窓越しの外を見つめる

『寒いだろ、開けっ放しだと』

そっぽを向いてしまった僕に苦笑しながら、彼は再び僕の隣に座って、投げつけた毛布でそっと僕ごと抱き込んだ
ずっと窓の前で座り込んでた僕の体は冷え切っていて、触れる彼の温かさにほっと息をつく
与えられる熱に引き寄せられて、ゆっくり頭を預けて、擦り寄るように距離を詰める

 

温めたいと思っていた身体は温かくて、逆に自分の身体が冷え切ってるなんて・・・

 

ちょっとおかしくなって小さく笑うと、不思議そうな眼で彼は僕の眼を覗き込んできた
どうした?と問うように、柔らかな視線で僕を包む
あまりにも心地よくて思わず眼を細めて微笑むと、彼はさらに疑問符を頭に浮かべて小首を傾げるものだから、さらに愛しく思えて


『温かいな、と思って』


やっと出した声は寒さで震えて


『だろうな、お前冷たすぎだ』


そんな声に返ってきた声は穏やかな温かさで、その差に僕はやっぱり嬉しくなって笑う

 

 

 

 

 

『・・・なんで、外を見てた?』

やがて静かに彼は問いかけてきた
それは最初に聞きたかっただろう問い
率直に聞けず、わざとかと思うくらい遠まわしにしか訊けない彼らしい訊き方

問われて、自然と戻った窓の外の風景

しんしんと降り注ぐ純白の欠片が舞い降りて、黒々とした空に冷えた円舞を繰り広げていた
何処か遠くできゃぁきゃぁと騒ぐ子供の声が聴こえてさえくる
平凡で、平和で、平穏な時間

 

 

『・・・初めて見た雪は、真っ黒な夜の中だったから・・・こんなに綺麗だとは思わなくて・・・』

白い息と共に吐き出すように震える唇から紡ぐ言葉
彼にはわかるだろう
ずっと一緒に生きてきたのだから

 

初めて見た白雪は、僕らが生きようと決心したあの日の景色

冷え冷えとした岩だらけの無機質な中に、覆われた闇の中から現れる白雪
前しか見えていなかった僕は、それが何かも気に留めもしなかったけど

 

 

『こんなにも、優しく冷たく降っていたんだね・・・』


震える声に眼を閉じると、頬を伝う冷たさに気付く
知らず知らずの内に流れた涙

――――僕は何故泣くんだろう・・・

 

わからないまま涙を流し続ける
冷えてゆくその軌跡に、理由を求めて静かに目を伏せたまま

 

『・・・あぁ、きっと、皆も見てたさ・・・』
『・・・うん』

 

 

 

今、僕が見てる美しい景色も

今、僕が感じる愛しい熱も

今、僕が想う君たちに伝わっていればいい

 

 

 

僕らが望んだ世界は、こんなにも広くて
あの時共に見た雪景色は、思う以上に美しいものだったのだと

 

 

 

 

 

傍らの熱に抱かれて、僕はそんなことを思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/11/22 (Wed) from diary


カルモゼな日常。
生きてて一緒に過ごしてたら、窓から見る景色とか、ほんの些細なことに眼を向ける機会があったんじゃないかと思いまして。
もうすぐ12月、雪が降ってもおかしくないし。
とりあえず、忙しい日常のふとしたときに、仲間のことを想ってくれてるといいな。


ここまで読んでくださってありがとうございました


*新月鏡*