『月のために』

 

 

明ける夜
沈んでいく月の女神
鋭い刃を懸命に輝かせてみせるけど
やはり神々しく忌々しい輝きには勝てなくて・・・
緩やかに押しやられて、掻き消えてゆく
眩しい光に呑まれて

 

もう姿は見えない

 

 

寂れた教会はただ静かにそれを見守ってて
僕もまたそれをじっと見つめてた

 

さよなら、僕らの女神様
また長い時を刻んだ後に会いましょう
唯一僕らを祝福してくれる優しい貴女がいなければ
僕らはとうに死んでいた
貴女が輝く絶対的な時間だけが
生きていられる許された時間

 

『早く会いたい』

 

僕が生き続けていられるように
脈を打つだけの人形なんてごめんだから
生きているという証を刻みたい
生きて、いたい

 

 

 

『どうしたんだい、モーゼス・・・そんなに女神が恋しい?』

柔らかに微笑む声に意識が舞い戻る
思いに耽って、すっかり周りに注意がいかなくなっていたようだ
振り返れば綺麗な眼差しが僕を射る
全てを見透かす迷いの無い眼

『女神・・・?』

 

何故それを?

 

『あれ?僕と一緒だと思ってたけど、違った?』
『・・・ギーも、そう思うのか?』
『ふふっ・・・やっぱりそう思ってたんだ』

嬉しそうに微笑む彼に、僕はただ淡々とした声を返す
何が嬉しいのか理解できなかったからだ
そういえばギーは、月に強い想い入れがあるような気がする
何かにつけて空を見上げ、その輝きにじっと魅入ってるんだ

 

『早く、会えるといいね』

ふわっと軽い声色なのに、そのとき僕の耳には酷く寂しく聞こえてきた
心細そうで消えてしまいそうな弱々しい音色
ギーが何を想っているのか僕にはわからないけど、その寂しさは何となくわかる気がした
怯えることなく、自分が自分でいられる時間が消えていく
寄り添ってくれる支えを喪うように
とても不安になる
あの太陽さえ現れなければ

 

陽に焼かれて灰になる

 

そのことだけでも、不安など感じることなどなかったのに
焦がれてやまない忌々しい光

 

『・・・太陽など、なければよかった・・・』
『・・・モーゼス?』
『太陽さえなければ、ずっと焼かれることに怯えることなどなかった』

唇を噛んで吐き出すように小さく零した
ありえるはずのない、けれど恨まずにはいられないこと

 

『・・・モーゼス、本当に太陽などなければ良いと思うの?』

うつむく僕に、ギーは柔らかな声で撫でるように問いかける
本当にそう思うのか、と
けれど僕は、ギーの問うことの意味がわからなかった
だってそうじゃないか
あの光さえなければ、昼も夜もずっと僕らは活動できて
焼かれることもなくて・・・


そうやって反抗するように考えているのがわかったのか、ギーはすっと眼を細めて空を見上げた
塗り替えられていく空にひとつ、消えかかった小さな白いアーチ
夜の女神が去ってゆく

 

 

『・・・月ってね、太陽の光を受けて輝くんだって』

 

小さく囁くようにギーは言った
優しい光を放つ月の女神は、忌々しい太陽の恩恵を受けているのだと

 

――――本当に太陽などなければ良いと思うの?

 

ギーの問うた意味を、僕は今やっと理解した
あの光がなければ、僕らに光を与えることすらできない
そういうことだったのか・・・

『太陽の光を反射して輝くから、月は鈍く優しい光を注いでくれる』
『優しい・・・光・・・』
『そう・・・優しいから、誰かの支えになれるんだよ』

 

――――優しい人は、痛みを知ってる人だから

 

そう言うと、ギーはとん、と一段降り立った
僕よりずっと大きいはずのギーの背中が、どうしてかそのとき酷く小さく見えて

『ギー・・・』
『・・・でも、その光を失ってしまえば・・・存在自体が消えてしまう・・・』

とても不安定なものなんだ、と歌うように独り言ちて振り返る
綺麗な微笑を浮かべても、どこか弱々しくて

『女神も太陽も・・・僕らとなんら変わらない・・・』
『・・・?』
『僕も、モーゼスも、誰かにとっては太陽で、誰かが僕らの太陽なんだよ』
『・・・太陽・・・僕が?』
『うん、だから・・・僕らは生きなきゃならないんだ・・・僕らの・・・』

 

風に流される声
穏やかに笑ってみせるギー
あぁ、そうだ・・・僕らは生きなければ
太陽だというのなら、この忌々しかった光も暖かく感じるけれど
それでも現状が変わったわけじゃない
生きたいと強く願うことも

 

・・・そして、月の女神に、心地よい夜に会いたいと思うのは今も変わらないけれど

今ならこの朝焼けも綺麗だと思えそうだった

 

 

 

僕を太陽だというのなら、誰が僕の月なのだろう?

 

もしも僕が太陽なら、あの時ギーが言ったように
生きたいと願う以上に、僕は生きなければならない


そう・・・

 

 

『僕の、月のために』

 

 

 

 

 

* * * *

2006/11/10 (Fri) from diary


太陽の光がなければ、月は存在してても輝けない
だから、僕を太陽と言うのなら
僕はその誰かのために、この命を生きなければならないんだ・・・

 

そんな意味で書いてみた。
自殺やら他殺やらが多いこの世の中で
誰かのために生きようと思うことは尊いことで
そう思えることが、素敵なことだと思うのです。
確かに自分のものかもしれないけれど
泣いて悲しんでくれる人がいるなら
この命、全うしなければならないと思うのです。

・・・なんて辛気臭いSSだ・・・orz


ここまで読んでくださってありがとうございます!!


*新月鏡*