『なんのために』
真っ暗な闇夜が舞い降りる ふと視線を上げて求めるのは、その先にいる穏やかな光 だが今はその光は息を潜め、ただ漠然と暗闇が広がるばかりだった そんなときは酷く心細くなる 見上げる空は広すぎて、自分が立っている足場さえ小さく不安定に思える だからそっと眼を閉じて、木々の幹に身体を預けて時をやり過ごすのだ 思い描くのは優しい刻 闇夜ではなく焦がれる光の中を、仲間が楽しげな表情で歩くと思うと、自然と頬が緩む 憧れ、求める未来 叶えば良いと願わずにはいられない未来 とても明るく、優しい光の中で描かれる世界
その中で自分も同じように皆と笑って過ごせたらいい・・・
『どうした?』 不意に声が降ってくる 落ち始めた意識がふわりと上昇して、それに合わせて瞼を押し開く 『別に・・・』 そっけなく返せば小首を傾げてみせる 同じ男として相手のそんな仕草を愛らしいと思うのはおかしいことだろうか 人は酷くそういった感情を否定しがちな気がする そうは言っても、人ではなく翼手でもなくどちらにも属せぬ自分を、その両者の秤で計ろうとすることの方がおかしく愚かしいことのように思うのだが
『眠っているのかと思った』 落ちる声は穏やかに、まっすぐ向けられる眼差しに心が跳ねた 言葉より、その柔らかな表情に釘付けになる だから返す言葉に詰まって、違和感の残る空白が辺りに立ち込めた 『な、何を言ってる、眠ることなど俺たちにはできないだろうが』 『あぁ、知ってる』 慌てて返せば、気にした風もない応え そんな反応にほっとしてるのはどうしてだろう まるで胸の奥で荒ぶる心を気取られたくないという風に 『でも、あまりにも気持ちよさそうにしてたから・・・』 ――――夢でも見ているみたいに・・・
付け加えられた最後の音に落としていた視線を上げる 何と言った? 夢?
見たこともないものに例えられて困惑を隠せなかった 夢とは眠りの中で無意識が引き起こす現象だと記憶している それを見ているようだと言うのだ 『夢を、見るだと・・・?』 『眠るように眼を瞑って優しい顔をしてた。・・・僕はその顔が好きだ・・・とても好きだよ』 『・・・寝言か、それは・・・?』 眠れない俺に夢を見てるようだといい、さらに誰が優しい顔をしてただと? 寝言は寝て言え
『好きだ』と言われて真っ白になった頭の中、眉間にしわを寄せて精一杯の反論をはねつけるように言えば、小さく笑って歩みを進め、ずいっと顔を寄せてくる 反射的に後退るも、包み込むように捉えられた頬はそれ以上は動かなくて 数センチで触れる距離にある瞳 身体の熱が駆け巡って、ひどく熱く感じる 息が止まってることにも気付けなくて
『やっぱりお前は優しい・・・』 だから僕はどうしようもなくその差に惹かれる・・・
そう囁かれて呆気に取られていると、するりと腕が下りて胸の辺りで止まり、首筋にとんと頭が預けられる 掛かる吐息に硬直して、どうしていいかわからない 『どうして僕らに眠りはないと思う?』 途方に暮れてると擦り寄るように額を押し付けて、幾分揺れた声で訊ねてきた 何だかいつもより小さく、儚いもののように感じるのは何故だろう 熱は未だ治まりそうにはないが、問いかけに心は不思議と落ち着いてくる 『・・・眠ることが許されるなら、望む未来を見ることが出来たかもしれないのに』 そう言葉が落とされた瞬間何かがひっかかった 望む未来、確かにそれは見ることも出来ただろう だが・・・
『見れたとして、目覚めたときに何を感じる?・・・現実に引き戻されてつらくはないか?』 はっとしたように顔を上げ、じっと見つめてくる まるで次の言葉を促すように 『・・・俺は、お前が泣くのは見たくない』 言葉を想いと重ねて継げば見開かれる瞳 何故かその反応が嬉しくて、眼を細めて見つめ返してやる 『・・・俺たちに眠りがないのは、夢を見るよりそれを現実にしろってことかもな』 酷な現実を生きなければならないなら 夢を見る暇すら与えず ただ前だけを、未来だけを見て生きろ 届かないと嘆くより 叶えようと足掻け そうやって今を生きればいい
『何のために、と問うなら・・・たぶんそれが俺の答だ』 ただでさえ限りのあるこの命 時を惜しんで、夢を叶えようと必死に生きればいいのだ
『・・・お前らしい答だな』 ふっと笑ってそう言った瞳は穏やかで、その美貌に眼を見張る どうしてこんなに心ざわつく? なのに辺りは静寂に包まれて、激しく脈打つ心音がうるさいくらいだ ――――何のために それを問うのは自分自身 この感情、この熱は何のためにある? 掴みきれない身体と心に翻弄され、どうしようもないまま静謐な夜を過ごす しかし傍らには心許せる者が穏やかな微笑を湛えていて それにつられるように自然と頬が緩む
結局俺はお前が笑ってるのが好きなんだな・・・
未だ理解しえぬ感情を抱いたまま、緩やかに再び瞼を閉じた
* * * * 2006/09/07 (Thu) from diary 無自覚な頃のカルマン 色々悩んで、格好良いこと言ってたらいい モゼはそろそろ自覚してるかもしれない感じが う〜ん、何処までも妄想全開☆ ここまで読んでくださってありがとうございました *新月鏡* |