『いっそこの世界が消えたら』

 

 

知ったのはあの時。
その日、何かがおかしいと思った。
彼があまりにも当り散らすのが不思議でならなかった。

今まで受け入れていたことを拒絶し、ルルゥが憧れた夢でさえ、斬り捨てるように否定する。
どうして?
何が彼をそうさせるのか、僕には全くわからなかった。

 

そう、気付けなかった。
気付いてやれなかった。

誰より傍にいたのに

 

 

 

『そんな・・・』

音に出来たのはたったそれだけ。

彼の首元から覗くのは禍々しく紅く染まった亀裂
僕らが限りあるものだと知らしめる死の茨
内側から食い破り、僕らを死へと誘う印

 

――――『ソーン、出ないんじゃないかな?』

ルルゥの何気なく言った言葉を、僕も心のどこかで思っていたのかもしれない。
このままずっと一緒にいて、元凶であるディーヴァを討ち果せると。
だから、彼の怒りに困惑し、彼の真意を読み取れなかった。
何より、突きつけられた真実に愕然としてしまうのだから。

 

でも、僕はそんな眼で彼を見てはいけなかったんだ

 

今でも眼を閉じて浮かぶのは、刹那に閃く深い悲しみ。
肩にかけていた手を払い除けられただけでも、僕はとても痛かった。
彼が垣間見せた悲しみと、すぐさま逸らされ、視界を遮るように被られたフードが、はっきりとした『拒絶』を表しているように思えて。

ルルゥは追いかけて行ったが、僕には出来なかった。
どうして出来る?
先に手離したのは僕なのに。
彼がずっと叫んでいた言葉を、その意味を、わかろうとしなかったのは僕。

 

ずっと・・・その心は助けてくれと叫んでいたのに・・・

 

追う権利なんて、僕にはない。
囲われた檻の中、一人ただ待つ。
彼が戻ってくる確証など何処にもないが待つしかない。
これが僕に科せられた罰なのだとしたら、彼に似てとても優しく甘いものだと思う。

何処までも優しくて、何処までも意地っ張りな人
素直に苦しいと言えず、一人恐怖に耐えることはどれほどつらかっただろう

 

カイが教えてくれた可能性に、現実を見失っていた。
無意識にそれに縋って、助かるのだと思っていた。
それがこの事態を引き起こしたんだ。
・・・自分たちが本来、人間より時間の限られている存在だということを言葉だけにしてしまって。
同じでいられるといつの間にか思い込んでいたんだ。

――――『俺たちとは違う』

彼はそれに気付いてた。
だからそう言って、僕に向き合えと道を示していた。
死を前にした彼だからこそ、そのことを知り得たのか?

もう真意を問う相手もいない

 

 

これは嘘だ
夢なんだ
きっとすぐに眼が覚める

 

誰も死にはしない

誰も、誰も、誰も・・・!!

 

 

 

嫌だ・・・

 

お前を喪いたくない・・・

 

 

 

ただずっと繰り返し頭の中に響く声
僕の叫び
けれど認めたくないと思う気持ちもあって、そこからずっと動けずにいる

どうすればいい?

 

――――『仲間だろ?』

不意にカイの言葉が蘇る。
仲間だと言い切るカイに、僕は何を見たのだろう?
カイの言葉は暖かい、信じたくなる。

『・・・仲間、か・・・』

ポツリと落ちる声
力ない、弱々しい言葉に聴こえる

『お前は仲間を捜しに行かなくていいのか?』
『!』

予想だにしない来客に僕は心が冷えて、ふつふつと怒りが沸く。
何より油断していた自分が許せなかった。
それを振り切るように斬りかかれば、僕らを囲う役目を持つ檻は戦場へと変貌する。
僕はただ、はけ口のないこの想いごと斬り捨ててしまえたらと、何度も思いながら鎌を振るう。
その行き場のない思いが、結局は奴に隙を与えてしまうことになってしまうのだが。

 

言葉巧みに連れ出された場所
差し出されたのは、条件と引き換えの可能性

ぐらつく僕の心を上手く操る復讐の糸

 

『仲間』だと言ってくれたカイ
『仲間』であるカルマン

 

どちらも僕に大きな影響を与え、導く存在
それを選べと言う

これは策略だとわかっている
わかっている・・・
わかっているのに、どうしてそれを信じている?
無意識に縋ってしまう自分が何より嫌で。

『選ぶなど、出来はしない・・・』

心揺れるまま、僕はその場を後にした。

 

 

 

 

 

だんだんと白んでゆく空
もうすぐ光が満ちるのだ
どれだけ憧れても届かない光が

青白い光を背に、再び戻る廃屋。
重く揺れ続ける気持ちのまま、扉を開け、中に入る。
扉の軋む音が、今の僕の心の悲鳴に聴こえるのは、きっと感傷的になってるから。

 

ふっと目線を上げれば、壁には鈍く輝く鋭い槍が視界に止まる。
立てかけられてもまっすぐで、しゃんと伸びる柄が彼によく似ている。
いつもまっすぐ見つめる視線の先。
彼は何を見ていたのだろう?
そのことに思いをめぐらせながら、僕は引き寄せられるように屋上へ向かう。
確証のない確信

あぁ、やっぱりここにいる

 

 

 

『カルマン』

見慣れた背中に声をかければ、驚くほど穏やかな表情で彼は振り向く。
何処か満足げで、少し照れたように

『イレーヌに逢ったよ』

口を開けば想いを全て吐き出すように、ゆっくりと言葉を選んで伝えてくる。
戻ろうと言っても続けられるその想いの音に、僕はたまらなく不安になってゆく。

 

最初は困惑
次第にそれは変化して
翻弄するように荒波となってゆく不安の渦

 

『怖かった』と口にする彼は、いつもよりしたたかに強く、掻き消えてしまいそうなほど弱々しく見えた。

僕に向けて語られる想い
受け取るにはあまりに大きすぎる想い
不安とせめぎあって、僕が壊されてしまうんじゃないかと感じる

深く秘められた本当の彼

『お前に逢えて、よかった』

 

 

 

僕はこの時を恨むだろう

 

僕はこの世界を憎むだろう

 

 

僕は、この運命を呪うだろう

 

 

 

 

 

 

 

何よりこの手からすり抜けて落ちてゆく彼を憎むだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の心にたった一片の想いが満ちる

『喪いたくない』

 

 

掴んだ腕
抱き込む身体
理不尽なまでに翻弄される心

 

その時僕は選び取った
たとえばそれが、救いのない道だとしても
たとえばそれが、破滅を招く道だとしても

もう後には退けない

 

 

 

いっそこの世界が消えたなら

僕らは幸せでいられただろうか?

問わずにはいられない

 

 

 

この世に生を受けた僕らに、どんな意味がある?

 

悲しいくらい行き場のない問
答など、どこにもありはしないのだと

 

 

 

わかっていながら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/08/24 (Thu) from diary


『優しくて残酷な世界』の対のような話。
モゼの心情ってどんなものかしら?と思いまして、捏造してみました。
カルマンの『生きてる意味も、よくわからないのに・・・』が心に残って仕方なかったので、モゼに使わせて頂いた★
私も常々考えますが、答など出ませんよ。
その不気味なまでの虚無と、漠然とした死へと恐怖と、『自分』という存在の不安定さに、何度鬱になったことか。

誰かに伝わればいいと思う
誰かに残せればいいと思う

悲しいことは、『自分』の存在自体がこの世界から消えてしまうこと
だからイレーヌは『思い出』として、自分を残すことを仲間に伝えたんだね

ってか45話より44話のが書きやすいのは何故だろう?

ここまで読んでくださってありがとうございます!!


*新月鏡*