優しくて残酷な世界

 

 

柔らかな朝日が無機質なビルの山に昇る。
それが現れる前に見ることの出来る景色は、自分が焦がれる世界そのもので、憧れに少しでも触れたなら死が待ってることさえ忘れてしまう。
優しい光がビルの谷間をなぞるように線を引いて満ちてゆく。


この線が満ちたとき、自分はその優しさに殺されるのだ。

 

恐れは何故か感じない。
ひどく怯えていたはずなのに、今では穏やかな気持ちでいられる。

 

その理由は漠然とわかっていた。

陽に怯え、駆け続け、狩ろうとしたとき。
あの時に再び逢った仲間の存在が穏やかにしてくれているのだと。
仲間の姿を映してくれたのは、陽だまりの中に造られた小さな花壇。
小さな花が身を寄せ合って、笑うように咲き誇る。


あの時イレーヌは首を振っていた


それは自分自身の過ちを知らせてくれていた
その手は届かない
届いてはいけないのだと


暖かな光の中に、皆が還ってしまったあと、すとんと心に落ちてきた答え。

 

 

俺は、独りで怖がってたんだ・・・

傍にいたのに
ずっと見ていてくれたのに
それに眼を向けず
ただ広がる闇に怯えて


独りではないのに
独りであるはずがないのに・・・

 

 

 

『・・・カルマン』

不意に声が響く。
聴きなれた穏やかな声。
振り返れば、小さく驚いて、ほっとしたような顔をしていた。


今の俺は、どんな顔をしているだろう?


『・・・イレーヌに逢ったよ』

無意識に出た声は自分の声ではないような音で響いて、伝える言葉は後を断たない。


らしくもない
何故こんなに言う必要がある?


自身を不思議に思いながらも、想いに連動した言葉は途絶えることを知らない。
その間にも、光の軌跡は描かれ続けていて。
それに気付いたモーゼスは、さっきと変わらない声で俺に告げる。

『戻ろう?』

もうすぐ太陽が昇るから、と。

 

 

あぁ、わかってる・・・でも俺は
俺はわかっていてここにいるんだ
何故だろう?
火葬の陽が近づいているというのに
こんなにも心穏やかなのは・・・

 

そしてその気持ちのまま、想いは振動してモーゼスに届けられるんだ

 

 

『俺のこと・・・覚えていてくれよな・・・』

 

俺にはお前たちしかいないから

俺にはお前たちだけで十分すぎるから
だから・・・

この言葉を受け取ってほしい
俺の想いは全てこの音に込めてある

 

 

『モーゼス、お前に逢えて良かった・・・』

 

 

もう、二度と言いはしない


本当の俺の想いを・・・

 

 

 

どんな顔をするかわかってた
どう受け取るのかも何となくわかってた

けれど、言わずにはいられない

 

この優しく残酷な世界で

お前は俺を抱きしめてくれる

 

 

それだけでいい

それだけで

 

 

 

 

 

俺は、お前の中にいるんだから・・・

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/08/13 (Sun) from diary


悟りを開いたカルマン
たぶん、私の予想では死ぬ気じゃなかったよ
『想い』を伝えるには必要な時間で
でもその時間は、危ういから
モーゼスは、真正面からその言葉を受け取ったんだと思う

ただ、伝えるためには
その時間でなきゃ、カルマンは言えなかったんじゃないかな
このまま焼かれても構わないけど
死ぬ気はないよ

そんな矛盾めいた感じかな。


ここまで読んでくださってありがとうございます★


*新月鏡*