逃走
――――こんなもののために・・・ 音を立てて割れた仮面の下、現れたのは紛れもない自分の顔。 『モーゼス、しっかりしなよ!!』 泣きそうな声で誰かが叱咤する。 でも、もう彼には何も聴こえない。 ただ真っ白な思考だけがそこにある。 直面した現実に打ちひしがれて、ただ立ち尽くしている隙に、強い衝撃を受けて突き落とされた。 背中から落下したため脊髄に傷を受け、どろっとした血の塊がのどを突き上げる。 再生が追いつかず、絶望に似た感覚が何もかもどうでもよくさせてしまう。 上空から迫る刃 それは確実にのど許へ突き刺さるだろう軌道 ――――もう、いい・・・
諦めが身体を支配し、眼を閉じてその刻を待つ。
『何をやっている?!』 しかし降ってきたのは聴きなれた怒鳴り声と響き合う金属音。 慌てて眼を開けば見慣れた後姿。 歯を食いしばり、刃を槍の柄で受けて力の均衡を保つ。 『・・・カル』 『死にたいのかお前!!』 弱々しく起き上がろうとすれば、その力すらねじ伏せるような怒声が浴びせられる。 敵と競り合っているにも関わらず、顔だけ振り向いたカルマンにモーゼスは困惑した。 死にたいのか?そう問われたことに 死にたい? まさか・・・だって何のために僕は・・・ここまで来た・・・? 思うままに視線が落ちると、その先には紅い血だまり。 はっと顔を上げれば、じんわりとどす黒い緋色がローブごしに滲み出ている。 『っ!!カルマン!!』 慌てて加勢しようと試みるも、身体は意に反して崩れ落ちた。 お互いに再生能力が間に合わず、ただ傷つき死に近づいている。 周りに視線をめぐらせば、ダーズもグドリフもルルゥも致命的な傷を確実に負わされて、倒れてゆく。 すぐに死ぬことのできない苦痛が繰り返される 何度も、何度も再生しながら、ゆるりと死へと向かうのだ 『ぐぁっ!!』 苦痛の色を鮮明にした音が視線を元に戻す。 視界を塞ぐ黒いローブから高らかに突き上げる鈍色の剣 前のめりになり、相手の腕を掴んだままきつく睨み上げる眼 水音と共に散り飛ぶ鮮血は、冷たい地面に血痕を残して 剣を一気に引き抜かれれば、ずるりと落ちる身体 甲高い金属音は反発を繰り返して沈黙する彼の槍 見下ろすのは、虚ろな自分 『っ・・・カルマン!!』
――――僕が、仲間を・・・ 殺すのか・・・?
抱きとめたカルマンの身体はずっしりと重く、息は絶え絶えであるけれど、眼はしっかりと睨み据えている。 払いのけて再び食って掛かろうとするカルマンをモーゼスは無意識に引き止めた。 『邪魔をするな!!』 『カルマン、今は退くんだ!!』 襲い掛かってくる敵をひと薙ぎして、窓際へと移動する。 『ダーズ、グドリフ!!退くぞ!!』 『!・・・先に行け!!すぐに追いつく』 攻撃を受け流しながらグドリフが素早く応え、ダーズもそれに同意を示すように頷く。 『逃がすな』 暗い上空からは冷たい声が落とされ、コープスコーズたちの攻撃は激化した。 それを上手く捌きながら、まだ剣を交えている仲間へ鋭く呼びかけた後、モーゼスは戦場へ戻ろうとするカルマンを力づくで引き戻す。 カルマンはその力の勢いか、それとも深手を負い、大量に血を失っているからか、ふらりとよろめいた。 支えるように回り込み、牽制しながら後退する。 『俺はまだやれる!!』 『ダメだ』 『なっ・・・!!』 何故、と問う言葉は彼から失われた ――――なんて顔してるんだ、こいつ・・・
悲痛な色を湛えた表情 押し殺していてもわかるその変化に、カルマンは言葉を失ったのだ。 『・・・ちっ・・・・・・さっさと行くぞ』 ぶっきらぼうに投げられた声にモーゼスは振り仰いだ。 だがその真意を彼が読み解く前に、カルマンは窓ガラスを砕いて外へと躍り出る。 追いすがる敵からきわどく逃げながら、続いて外へと駆ける。 惨状を知らない街は穏やかに佇んでおり、その差に皮肉さを感じずにはいられなかった。 しかし感慨にふけるまもなく、命のやり取りは続く
希望を求めることもなく 今はただ必死に駆けるしかなかった
絶望から逃げるように
* * * * 2006/07/30 (Sun) from diary 35話を見て、逃げるので精一杯だったモゼはアレからどうやって逃げたのかしら?と思って出来た品。 シフの着てるアレはローブでいいのかしら? マントじゃないしね〜・・・あれなんて言うのかね? ここまで読んでくださって、ありがとうございます!! *新月鏡* |